1ー④ きつねとラテ(2)
梓ゆみは彩羽が大学入学後にできた友人で、オリエンテーションで隣になり話しかけてくれた女の子だ。どちらかというとこざっぱりした服装の彩羽と違い、ゆみは古着ミックス系を好んで着ている。今度一緒に古着屋巡りをすることになっている。
ゆみは自分の話もよくするが、友人の話にも同じくらいの熱量で耳を傾けて聞くし、誰かと一緒にいる時に携帯電話を極力触らないことを信条にしているらしい。
ゆみは両腕を組みながら、彩羽の植物園での出来事を聞いていた。
「彩羽ちゃん。いちおう聞くけど、植物園で会った彼はフツウのひとだよね」
「普通?普通ってどういう……若い男のひとだったよ」
「ちょっと確認しただけ。ずっと前に噂を聞いたことがあって、でもわたしはあんまり信じてないからさ」
「そうなんだ」
彩羽は青年についてのうろ覚えの印象をゆみに伝えた。園内について詳しかったので常連のお客さんかもしれないと言った。
「まぁ。昼間から出ないよね、そういうのって。職員さんかもしれないよ」
そこからゆみの最近の出来事についての話がはじまった。課題のレポートを書くときに、よく利用する喫茶店があるという。
「それで昨日、その男性店員さんに『いつもラテですね』って言われたの。ほ、ん、と、に、びっくりした」
「すごいねゆみちゃん。覚えられてるなんて」
「そう。お客さんも多いのにね。わたし、とっさに『あっ、はい……』しか出てこなかったんだよ。なんかもっといい感じの返事をしたかった。その店員さんの名前も知らないんだけどね。そういえば名札ってつけてたかな?思い出せない」
「たしかに最近はニックネームとか、イニシャル表記が多いかもね」
彩羽がそのお店に行ってみたいと言うと、ゆみは高速で両手を振った。一緒に行くのは恥ずかしいから見たいなら別々でお願いしたい。自分の挙動が変になりそうだから、というのが理由だそうだ。
ゆみの直線に切り揃えられた日本人形のような青い黒髪がゆらゆら揺れた。湖に浮かぶ小舟をひっくり返したような形の眉は今日も整っていて、それを囲むようにいくつかのホクロが見えた。
今日の眉のカラーはエメラルドグリーン、目頭から目尻にかけてローズピンクのごく細いアイラインが引いてあった。
またその男のひとに会ったら話聞かせてね、と食堂での別れ際にゆみに念を押され彩羽はあいまいに返事をした。会えたところで、何もなく通り過ぎるだけだろう。あのひとと自分をつなぐ接点は何もない。
かといって、きっかけづくりのために毎回落とし物をするわけにもいかない。それこそナントカ詐欺というやつでは?と彩羽は思った。出会いのつくりかた、そんなことは考えたこともなかった。
次話につづく




