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蓮の糸 第1部 The Lotus Threads.  作者: 村井由弥
第3章 蓮始開(蓮はじめてひらく)
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3ー⑦ 混線のアフタヌーン・ティー

 彩羽(あやは)がれんの部屋に戻ると、マキオが乾燥葉や実の入ったガラスのポットを(かたむ)けてグラスに注いでいた。


「どう彩羽さん。レンはいたかな」

「はい。あの温室……植物も見たことがないものばかりで、すごいですね」

「そうでしょ。僕たちの秘密の温室。外からは雑木林で隠れてほぼ見えないんだよ。まぁ、見かけても怪しくて近寄ってくるひとはいないけどね」


 話していると温室から出てきた芙蓉(ふよう)が靴底を鳴らしながら彩羽の横をすり抜け、マキオのそばに立った。彩羽が挨拶をすると、一応は返事を返してからマキオに声をかけた。


「芙蓉、久しぶりだね。元気にしてた?」

「そういうのいいから。昨日帰ってくるって言ってたのに、どうしてこんなに遅かったの。このひととどこかに行ってたの」


 マキオは手短に、昨晩は蓮池で野宿したこと、朝は彩羽に(意図せず蹴られて)起こしてもらい、一緒に園内で朝食をとったことを説明した。芙蓉は面白くなさそうに聞きながら、彩羽を見た。


「彩羽さんがレンと会えるように、僕が飛燕荘(ここ)に連れてきたんだよ」

「どうして。また症状が悪化するじゃない」

「症状?れんさんは病気なんですか」

 彩羽が聞き返すと芙蓉がやや(あき)れたように笑った。


「ほら、言ったとおりでしょ」

「なんのこと?」

 マキオが聞き返す。


「わたしが彼女に話すまで、レンの状態に気づいていなかったんだから。2人はもう会わないほうがいいって言ったでしょ。だってレンがあんなに不調になるのはきっと……」


「芙蓉」


 温室から戻ったれんが穏やかに、しかし言い含めるような口調で言った。

「彩羽さんは関係ない。僕自身の問題だから」

 芙蓉はますます不満を募らせた。


「かっこばかりつけてないで、まずは回復してから言ってよね」

 その言葉には答えず、れんは振り向いて彩羽を見た。目が合った瞬間かすかに瞳が揺れたが、口元で笑みを浮かべて柔らかな口調でこんにちはと声をかけた。


「こんにちは」

 彩羽の声が彼の耳に到達する前に、れんの表情にはある変化が現れた。(から)まったままの感情が彩羽の胸の中でうずく。これの(ほど)きかたを彩羽はまだ知らない。 


 れんと彩羽の立つ位置は数メートル離れているのに、なにかに圧迫されているようにとても空間が窮屈に感じる。

 つい先ほどまで会うことに引け目を感じていたのに、いざれんを前にするとなぜいま2人きりじゃないのだろうなどと、自分勝手なことを思ってしまう。


 芙蓉とマキオもその様子を見ていたが、なにも言わなかった。マキオは彩羽に椅子をすすめた。マキオ、芙蓉、れん、彩羽の並びで楕円形の木製テーブルを囲んだ。


「彩羽ちゃん。この建物は僕が滞在中は基本的に開けているから、また来てくれるかな」

「はい。わたしが来ても構わないのであれば……」

「ちょっと待ってマキオ。そんなことしたら」

「大丈だよ。レンにとってもそのほうがいい。ほら、現に彼女がきたら顔色だって良くなった」


「ただ温室が暑かったからでしょ。まだ青白いって。それに実際、いまの調子で向こうに行けると思う?」

「それは……」


 何かを言いかけたれんの声を(さえ)って芙蓉は話し続ける。確かに彼女は会話のキャッチボールがあまり得意じゃないのかもしれないと彩羽は思った。


「行けなかったらどうするの。代々私たちが守ってきた池が絶えるわよ。このひとがレンと(ちぎ)ったばっかりに」


 芙蓉以外の3人は瞬時に耳を疑った。

「ちぎ……」

 彩羽はそこから先の言葉が続かなかった。


「そうなの!?2人とも」


 次話につづく

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