3ー⑤ カフェインを飲めるきみ、飲めない僕
カフェラテグラスの中の氷が溶けて落ちる音が鳴った。透明の底に溜まった液体はもはやコーヒー風味の水と化していた。
彩羽は喉の渇きを覚えたが、どうしてか目の前のミントの葉入りの冷水グラスには手を伸ばせなかった。
「レンたちは普通のひととは少し違うかな。きみも気づいているように」
彩羽はれんと初めて会ったときのことを思い出した。
「古い文献や詩などにたまに出てくるよ。彼ら種族は細々と血脈を繋いできて現代も生きている。僕の祖先はその人物と縁が深かったわけ。まぁ、それだけのことだよ。身体のつくりも僕たちとそこまで違わない。カフェインが一切飲めない僕と、飲めるきみ。それくらいの違いだと僕は考えるようにしている」
そう言ってマキオが冷たいミルクを飲み干した。
「彼がいないところであれこれ話すのはよそう。怒られてしまうかもしれないから」
「そうですね」
「さっきレンと飛燕荘で少し会話したけど、若干やつれていたかな。まぁもともと彼はスリム体型なんだけど。うらやましい。あまり栄養をとっていないみたいに見えた。僕宛ての手紙で、彼がきみのことを書いていたから知っていたんだよ」
「手紙ですか」
「そう。蓮池に絵を描きに通ってくれるひとがいて、最近は自分もよく外に出ているとね。文面からも嬉しそうなのが伝わってきたよ」
れんが手紙をしたためている光景を想像し、彩羽は口元をゆるめた。しかしその笑みは空中で固まり、瞳はカフェラテグラスの中の氷に空いている穴を見つめた。
しばらくれんに会えていない現実に、心臓の一部が糸で引き締められたようにちぢみ、視界がわずかに滲んだ。
マキオはなにも言わずに腕を組み芝生広場に目をやった。桜の木陰でワンタッチテントを張っている家族連れがいた。動物柄のロンパースを着た幼子がその中からはいはいをしながら出てきて、よろけながら立ち上がりちいさな足が地面を踏んだ。
後ろから母親に見守られながら新品の手押し車につかまり、ゆっくりと一歩ずつ押しはじめた。コツをつかんだその子は前屈みになりながら裸足のままでどこまでも芝生の真ん中を進み続けた。
「気にすることはないんだよ。きみのせいじゃない」
マキオの声はやさしかった。数時間前まで寝袋で地面に転がっていた人物と同一とは思えないほどに。そして柔らかく大地を覆う新芽が眩しくて、彩羽は泣きたくなった。
「これからレンに会いに来るかい?」
次話につづく




