3ー④ 蒔生(確定)
最低限の身支度を終えたマキオ(確定)が飛燕荘から出てきて、彩羽と歩き出した。
よく日に焼けた肌、伸びかけの無精髭、太く力強い眉と瞳は真っ黒で好奇心旺盛そうによく動く。
着古されたインディゴ染めのTシャツは着替えたらしく、いつかゲリラ豪雨に見舞われたときにれんが着替えていた長袖のカットソーに変わっていた。ヒゲを剃ったマキオは30代前半か、20代後半に見えるほど若々しくなっていた。
芝生広場に併設されているグラス・カフェは開店直後でお客は彩羽たちのみだった。注文を聞きにきた女性店員に彩羽は冷たいカフェラテ、マキオはモーニンのグセットとマッシュポテトを2皿頼んだ。
この店は比較的オーガニック志向のメニューで価格設定が高めなので、彩羽は星合まつりの翌朝に実咲とゆみと一度モーニングを食べに来たきりだった。
マキオはマッシュポテトに添えられたディルをちぎって散らし、サワークリームをのせてひと皿食べた。もうひと皿はハムとレタスと一緒にバゲットに挟んで食べていた。コーヒーが飲めないそうで代わりにホットミルクを頼んでいた。
マキオが食事を終えてから2人はテラス席に移動した。緑に囲まれて風通しの良いテラス席は意外と過ごしやすかった。
「テラスでごめんね。僕はエアコンが苦手でね。体温調節が外気温基準になってるんだ」
マキオが謝った。
「平気です。わたしも部屋の中が少し肌寒かったので」
「きみはいつも野外でスケッチしてるんだってね、たくましいよね。暑さや寒さにも強くなるでしょ」
「どうでしょうね。暑いのはまだ我慢できますが……寒すぎると手がかじかんできますね」
彩羽はそう言って、数年前に丹頂鶴を描きたくて家族で旅行に行った話をした。
「えっと……」
「マキオで呼んでくれていいよ」
「マキオさんは真冬の野外でも、寝袋で寝るんですか」
「まぁ場合によってはね。僕は昨晩海外からこっちへ戻ってきて、飛燕荘まで歩くのが面倒で力尽きてあそこで寝てたんだ。いまの時期、早朝から開園だって忘れてたから職員に見つかったら怒られるところだったよ。起こしてくれてありがとう」
「いえ、たまたまです」
「ここの創始者の親族ってことで色々と多めに見てもらってるんだけど、さすがに野宿は自重しないといけないね」
マキオはそう言って軽く笑った。
山吹植物園はもともと昔マキオの親族が所有していた庭園と薬草園で、雨宿りでれんと立ち寄った、園のはずれにある飛燕荘は唯一その頃の名残の建物だそうだ。
現在は研究施設、というよりは物置兼別荘のように使っているらしい。マキオは年中フィールドワークで飛び回っているものの、一定期間は植物園で就労することになっていると彩羽に説明した。
マキオは日本語話者と話すのが久しぶりだそうで、時折会話で聴き取れない異国の言葉が混じった。彩羽が首をかしげると日本語に置き換えてまた話してくれた。
澱みなく話すマキオの口調は彩羽に安心感を与えた。どことなく、親しくなってから見え隠れしていたれんの人懐っこさに通じる部分がある。それだけに、この先の詳しい話を聞くことには勇気が必要だった。
「あの。それで……」
「レンはね、元気にしてるよ」
「そうなんですか」
「まだ外に出られないだけでね。この時期の彼らはエネルギーが必要なんだよ」
それは元気と言えるのだろうかと彩羽は思った。
「きみはレンと親しいようだね」
彩羽の表情がわずかに緊張し、曖昧にうなずいた。
「レンは普通のひととは少し違う。気づいているかもしれないけれど」
次話につづく




