2ー⑨ 願いの糸(2)
彩羽も思っていた。一般的にはまず、互いに特定の交際相手がいるかどうか真っ先に確認すべきなんだろう。それが自分たちの関係にも当てはめるべきなのか、正直よくわからないのだった。
春の終わりから夏にかけて、彩羽は青年れんに対して少しずつ積もってゆく感情の解像度を上げないまま過ごしていた。
その感情を風化させることは簡単に思えたからだ。彩羽がこの植物園に、あの蓮池に行かなければいい。彼はたぶんここから出ることはできないのだから。連絡先だって知らないし、きっとない。強いて言うなら園内の利用者アンケートのポストが関の山か。
「彩羽さんのテントには、お友達と妹さんがいらっしゃるのでは?」
「妹の実咲はゆみちゃんのテントにいるそうです。だからわたしのテントはいま無人です。案外快適なんですよ。秘密基地みたいで」
青年は少し思案してから、では少しだけ、と言って彼女のあとに続いて広場に向かった。その短い間も彼女の後ろ姿から視線を外さなかった。
青年はあまり夜目がきかない。しかし時折こちらを振り返る彼女の前髪がかかった額から鼻筋、唇、顎にかけての輪郭は思い浮かべることができる。
日中の蓮池で彼女との語らいを重ねるうちに、気がつけば沈丁花が甘く香り紫陽花が頬を染め、朝顔が空に向かってどこまでも蔓を伸ばしていた。
青年に見せる彼女の表情(バリエーションはさほど多くない)はほぼ把握しているつもりだった。しかしいまは彼自身も気づかないほどささやかなゆらぎが生じていた。
「どうぞ」
テント内の白いカバーのランタンのスイッチを入れて、彩羽が青年を招き入れた。
「お邪魔します」
テントのなかには彩羽の荷物と寝袋しかなかった。実咲は本当にゆみのところで一夜を過ごす気らしい。今日出会ったばかりの2人が仲良くなったことを彩羽も嬉しく思った。
「確かにいい空間ですね。この中は」
青年にはランタンの光が少し眩しそうだったので、彩羽は調整してやや暗くした。
子供の頃に家族でキャンプのときに使っていたテントは、大学生になったいまでは狭く感じた。そのテントに植物園で知り合った青年と2人でいるのは不思議な心地がした。
彩羽は通っている大学の話や、住んでいる地域ついて話した。頭に中でそれを再現するかのように青年は耳を傾けてくれるので、彩羽の口数は普段よりも増えるのだった。れんは特に、海の話に興味を持っていた。
本物の炎のように灯りがちらちらと擬似的に揺れる仕様になっているのが珍しいのか、青年はランタンを見つめていた。
「そういえば、ひとつお聞きしたいのですが」
「なんですか」
長く見つめすぎたのか、青年は手の甲でまぶたをこすった。
「彩羽さんは、なぜあの蓮池を描こうと思われたんですか」
次話につづく




