2ー⑦ ゆみと実咲
「実咲ちゃんもしっかりしてそうに見えるよ。ひとり暮らしだし」
梓ゆみがランタンを灯したテントのなかで言った。
「それはどうも」
そう答えながら、彩羽の双子の妹の実咲は、しっかりしてるという言葉ほどあいまいで当てにならない表現はないな、と思った。
ちなみに自分はちゃっかりしてる、が合っていると自覚している。下宿中なら、夕食をカップラーメンだけで済ませても誰にも何も言われないので、なんとか成立しているだけのことだ。
「さっきわたし、アヤがしっかりしてるって言ったけど、生活面ではちょっと抜けてるよ。ご飯食べるの忘れて親に叱られたりね」
「それはあるね。大学でも、こんな時間にって時に食べてたりする」
「やっぱり。それとアヤは『しっかり視てる』って言うのがいいのかな。とりあえずね、対象と自分との境界をつくらずにまず視る」
「それは絵を描くから?」
「たぶん。でも子供の頃からそうだったかな。べつにジロジロ見るわけじゃないよ。こう……印象を得るよりも早く、まず目で触る、みたいな」
「見ることに関しては美術系の人ってそんな感じもするけど」
「わたしはデザイン系でアヤほど描いてないし、ほかのひと達がどうなのかまでは知らないよ」
「最近は自分の目で見て、手で紙に描くひとが減っていってる印象だしね。ん?違うか。そういうタイプは頻繁にオモテに出てこないだけかもしれない」
ゆみは足だけを寝袋に突っ込んで、無造作に寝そべった。テントの生地越しに芝生を柔らかく踏み倒してゆく感触が背中に心地よい。
「なるほど。梓ゆみの創作論からの抜粋?」
「違うよ、お酒も入ってないのに。そもそもわたしに語れるような持論なんてないし」
「そうかなぁ、面白そうだけど。って、まだ1回生だからお酒飲めないよね」
「わたしは2浪だから飲めます」
実咲の指摘に、ゆみが含み笑いをして答える。
「本当に?その情報はじめて知った」
「彩ちゃんから聞いてないんだ。じゃあ自販機に炭酸でも買いに行こっか」
今日のゆみはノーメイクで来たため、眉の色は地前のライトブラウンで彩度高めのアイラインはなかった。と言っても実咲がゆみと会ったのはこれが初めてで、翌朝の彼女のメイク技術に驚くのだった。
2人がテントの外に出ると、夜の樹林に囲まれた芝生広場一帯だけが大きな湖のように暗く沈んでいた。点在するテントから灯りがちらちら漏れて芝生に反射し、夜の湖に浮かぶ漁り火のようだった。
群青色の夜空を見上げると、真綿のように引き伸ばされた雲のすきまから光の粒が見えた。
「実咲ちゃん、あれが天の河かな」
「うんあれだね、きっと。って、これからは敬語で話すほうがいいです?ゆみさん」
「それだけはやめて。ほんと。お願いだから」
次話につづく




