2ー② 遣らずの雨
午後3時すぎ、いつも植物園を心地よく吹き抜けてゆく風が止み、樹木の隙間から見える空が翳ってきた。通りがかった掲示板の前で蓮池の青年れんは足を止める。
「こんな催しが今度あるんですね。確か……以前もあったかな」
彩羽は日傘を傾けてその張り紙を見た。
七夕の夜、山吹植物園で夜間鑑賞会のご案内。希望者は芝生広場でテントを張って一晩過ごせる『星合まつり』という一夜限りの催しだ。
「すごい、植物園に泊まれるんですか。あまり想像できないけど」
「ご興味ありますか?」
「夜の植物園はちょっと気になりますね。でも誰と行こう。あとテント、わたしの家にあるかどうか……」
「あぁ、それなら」
青年れんが言いかけた時、ポツポツと雨が降り出した。徐々に大きくなる雨粒から、昨今頻発しているゲリラ豪雨のようだ。のんびり歩いていると数分とたたないうちに日傘では防ぎきれずにずぶ濡れになるだろう。
「こっちへ行きましょう」
青年に誘導されて彩羽は知らない道を走った。地面に叩きつけられた雨が白い靄を作りだし視界が不明瞭になってゆく。
「もう少しで着きます。雨宿りできる場所に」
彩羽はてっきり園内にいくつかある東屋に行くのかと思っていたが、着いたのは2階建ての古びた洋風の建物だった。ただし先に目がいったのは屋根よりも高い大きな糸杉だった。
玄関前の花壇には青々と繁った紫陽花や桔梗、透き通った水色のデルフィニウムの花弁が雨に打たれて揺れている。
呼び鈴の横には木の表札と郵便受けがあり、『飛燕荘』と書かれていた。
「とび……あ、飛燕荘?」
「ここは昔の資料館みたいなものです。誰もいないので大丈夫。安全ですよ」
青年がシャツの胸ポケットから鍵を出し、南京錠に差し込みドアを開ける。
「室内は暗いので、彩羽さんはそこで待っていてください」
青年が歩くたびに木の床板が軋む音がした。ほの暗い空間の天井のシャンデリアに白熱灯が灯り、閉め切っていた遮光カーテンの一部が引かれて部屋の内装がぼんやりと把握できた。
「靴のまま入ってもらって大丈夫です。ぼくは奥から拭くものを持ってくるので、そこの椅子に座っていてください」
彩羽は扉の前で、靴下にはねた泥を落とした。濡らしてはいけないと座ることを躊躇った彩羽は立ったままその応接間のような空間を見渡した。扉を閉めてから、外の雨音がさらに激しくなった。
次話につづく




