第8話 ルミスとアゼッタ ーーアゼッタ視点
今日の学園での授業が終わった。 私は調べごとをして、その結果をルミスに報告するために、ルミス様の部屋へ向かっていた。
バルデン王国。 その王城の最上階。 日当たりも風通しも、城内で最も良い一室。 私は扉の前に立ち、軽く息を整えてからノックする。
「ルミス様、アゼッタです」
返事はない。 私はもう一度ノックしてから、扉を開けた。
部屋の中には、相変わらず何もなかった。 当然、本人もーー
「はあ。 ……やっぱり、こっちじゃないか……」
ふう、と小さく息を吐く。 この部屋にいないということは、行き先は決まっている。 私は踵を返し、城の地下へと向かった。
地下への階段を、慣れた足取りで降りていく。 ランプの灯りが、石壁にゆらゆらと影を落としていた。
最下層の鉄扉に手をかける。 重い扉がぎいっと軋んで、独特の匂いが鼻をついた。 薬品と、生き物と、埃の混じった匂い。
ーー相変わらず、ここは異様な場所ね。
研究室の中は、所狭しと実験器具が並んでいた。 硝子の水槽の中で、見たこともない生き物がぷかぷか浮いている。
壁際の棚には、標本が並ぶ。 その隣には、魔法陣の描かれた羊皮紙の山。 天井からは、乾燥させた薬草が無造作に吊るされている。
奥の作業台では、紫色の液体がぶくぶくと泡立っていた。 時折、ぱちっと火花が散る。
ーー普通の人が見たら、卒倒するでしょうね。
私は慣れた様子で、それらの間を縫って奥へと進む。 研究室の一番奥、本棚に囲まれた小さな空間。 そこに、ルミス様はいた。
机に向かい、何やら古びた書物を熱心に読み込んでいる。 羽根ペンを走らせ、時折、難しい顔で何かを書き込んでいた。
その手元の書物の表紙には、こう書かれていた。 『黄泉がえりの術式』
ーー胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
ルミス様が研究している「黄泉がえり」。 つまり、死者の蘇生。 その目的を私は知っている。
彼の父君、マルク様を生き返らせるため。
ーーでも、そんなことできるはずがない。
死者の蘇生は聖女ですら成し得ない奇跡。 未知の領域に踏み込む、禁忌の研究だ。
古今東西、無数の魔術師がこの研究に挑み、誰一人として成功しなかった。
なのに、ルミス様は最近は、この研究に没頭している。
無駄だと、止めるべきなのか。 それとも、想いを尊重して、見守るべきなのか。
ーー私には、まだ答えが出ない。
複雑な気持ちを飲み込んで、私はそっと声をかけた。
「ルミス様」
ルミス様の肩が、ぴくっと動いた。 顔を上げ、私の姿を認めると、ルミス様はすっと姿勢を正した。
「アゼッタか。 ……入っていたのに気づかなかった、すまなイ」
「いえ、お気になさらず……」
「つい没頭してしまってナ……」
ーーこういう所が、私がこの方を敬愛している理由の一つだ。
王族でありながら、誰に対しても丁寧で、決して傲慢にならない。 ただの捨て子だった私にも、対等な人間として接してくれる。
彼はこの国の王子。 私はーーただの捨て子だった。
路地裏に捨てられて、誰にも見向きもされず。 冷たい雨に打たれながら、ただ死を待っていただけの、生きているだけの子供。
そんな私を、ルミス様が拾ってくれた。
あの日、貴方が手を差し伸べてくれなかったらーー私はとうの昔に、土の下にいたでしょう。
「アゼッタ? どうした、ぼうっとしテ」
「……失礼しました。 少し、昔のことを思い出していました」
ルミス様が、少し困ったように微笑んだ。
「あの話か。 もう何度も聞いタ」
「申し訳ありません」
「いや、いい。 ……それで、今日は何の用ダ?」
ルミス様が、羽根ペンを置いて、私に向き直る。
ーーそうだった。 報告に来たのだった。
私は気持ちを切り替えて、口を開いた。
「今日の魔力測定の件で、ご報告があります」
「ああ、水晶玉が割れた件カ」
「はい」
「やっぱり、お前じゃなかったのカ」
「……はい」
「私の魔力では、本気を出してもヒビを入れるのが限界です」
「……つまり」
「あのクラスの中に、もう一人。 いえ、複数人。 私以上の魔力を、それも巧妙に隠している者がいます」
ルミス様は、しばらく無言だった。
「ルミス様?」
「アゼッタ。 引き続き、観察を続けてくれ。 誰が、何を隠しているのか。 全員洗い出セ」
「かしこまりました」
私は、深く一礼した。
ーー水晶玉を割った真犯人。 それが誰なのか。
その犯人を見つけて、水晶玉の修理費用を請求してやるーー




