第51話 知らぬ救済〜嘆く勇者
夕焼けが世界を朱に染めていた。 地平線の彼方、燃え落ちる太陽が草原を血の色に塗り潰している。
その中を、俺は歩いていた。 いや、歩いているのか、ただ足が前に出ているだけなのか、もはや自分にもわからない。 自分の剣の切先が地を引きずり、土に細い線を刻んでいく。 そして腰には、マルクの剣があった。
「……っ、ぐ……」
喉の奥から、押し殺したような嗚咽が漏れる。 頬を伝う涙は止まらない。 涙腺ではなく、魂のどこかが壊れて、そこから漏れ出しているかのように。
ーー親や故郷の村を、魔物に焼かれた。
ーー師匠とも別れた。
ーーそして今度は、国王マルクが、あんなに早く死んでしまった。
「……なんで、だよ。 神よ、どうして……」
声が掠れる。 喉から振り絞った声は、驚くほど小さかった。
ーー死に戻り。何度でもやり直せるはずの、神に与えられた権能。 最初はそれを希望だと思った。 今度こそ、救ってみせる。 ーーそう、信じていた。
なのに、なぜだ! 救えるはずの命が、前回より早く零れ落ちていく。 守れるはずだった人が、守ろうとした手のひらの間からすり抜けていく。 運命は、まるで俺を嘲笑うかのように、別の角度から牙を剥いてくる。
「……運命なんて、変えられないのかよ……じゃあなぜ」
ぽつり、と呟いた言葉は、風にさらわれて消えた。 俺の目は、もう、まともじゃなかった。 涙で濡れているはずなのに、その奥の瞳は、どこか濁っている。
光が差し込んでも、何も映さない。 俺は既に、病んでいる。
涙は流れる。でも、もう、悲しんでいるのかすら、自分でもわからない。
「神よ……」
夕焼けの雲は、燃えながら流れていく。 あの向こうに、自分をこんな目に遭わせた存在がいるのか。
「なぜ、俺を死に戻りなんかさせたんだ……っ!」
草原に響き渡るには、あまりにも掠れた、あまりにも小さな叫び。 誰にも届かない。 神はいつだって、俺の問いには答えなかった。
「このままじゃ……キャスまで……」
その名前を口にした瞬間、足が止まった。 膝が、崩れそうになる。
ーーキャスまで死んでしまうのではないか? あの、明るくて、生意気で、なのにどこか優しい俺の最愛。
今度は守れるのか。 今度こそは! 今度こそは?
「今度こそ」と何度言った? 「今度こそ」と何度誓った? その「今度こそ」が、何度、目の前で崩れていった?
「……俺に、何ができるんだよ……」
夕陽が、ナナシの背中に長い影を落とす。 その影は、地に伏したまま、まるで俺自身の魂のように、もう立ち上がる気力も持たないように、長く伸びていた。
◇◇◇
地下の教会。 その最前列には、マルクの死体が置かれていた。
ふと、その彼の周りが輝き始める。 すぐ近くでは、銀髪の少女ーーヨニーが祈りを捧げていた。
彼女はまるで、神に語りかける様に言葉を紡ぐ。 その、声が反響して響き渡る。
「……う、うう」
マルクが震わせる様に声を発した。
ーー自分は死んだはず、それなのに生きている。
「ここは地獄か……」
「……ええ、その通りです」
「それにしては、真逆の雰囲気だな?」
「ふふ。 どうでしょう? 部下のフレイアには、悪魔の子と呼ばれていますよ?」
「フレイア? ……あの、話術士エルフか……」
マルクは、少女に気づく。 地獄にしては違和感がある少女だ。
いや、彼女は悪魔の子というよりーー
「神の使いか……」
「……いいえ、悪魔の子ですよ? 貴方にとってはですが……」
マルクの声は、思ったよりも響いて反響した。 それに対して、ヨニーは微笑みながら答えるのだった。




