第52話 酒場での誓い
前国王、マルクの亡骸を地下へ運び終えたルーブは、酒場にいた。
酒場の喧騒は、相変わらず賑やかだった。 天井から吊られたシャンデリアの蝋燭が揺れ、木組みの梁に温かい影を落としている。 長テーブルの上には、所狭しと料理が並べられていた。 香ばしく焼き上げられた丸鶏、脂の乗ったステーキ、串に刺さった肉団子、ぐつぐつと湯気を立てるシチュー、こんがり焼けたソーセージ、それに白いチーズと黒パン。 中央には、泡を山のように盛った木製のジョッキ。
それらは全部、ルーブが頼んだ食事だ。 その豪勢な食卓の前で、ルーブは無言だった。
彼は曲芸師の衣装から着替えていた。 白いハットを目深に被り、黒いシャツに白いベスト姿。
箸でステーキを一切れつまみ上げると、口元へ運びもしゃもしゃと噛み締めた。
表情は無表情。 ただ、ほんの少しだけ頬が膨らんでいるのが、彼が「美味しい」と感じている数少ないサインだった。
その横から、こっそりと顔を覗かせる影がひとつ。
「…………」
長い金髪を揺らしたエルフの彼女ーーフレイアが、柱の陰からそっと顔を出す。 とがった耳の先まで、ほんのり赤い。 緑の瞳は、ルーブの口元。 正確にはルーブが今まさに咀嚼している肉の塊に、釘付けになっていた。
ルーブがもう一切れ、肉を口に運ぶ。 じゅわり、と脂が滴る音がした気がした。
「……ルーブ」
「……」
彼女が、ようやく声を絞り出した。 ルーブは振り向かない。
「あの、ね……」
「……」
もしゃもしゃ。 音が二人の間に響いていた。
彼女は、こくんと飲み込んだ。 そして、彼の隣に近づく。 テーブルに両手をついて、上目遣い。 瞳をうるうると揺らし、唇を少しだけ尖らせて。
「……ひとくちだけ頂戴!」
ルーブはようやく、視線を彼女に向けた。 完璧なまでの、無表情。 彼の目は、こう言っているように見えた。 「自分で頼めば?」と。
「……だ、だって……っ」
彼女の頬が、ぼっ、と赤く染まる。
「だって、そんな……そんな、いい匂いさせて、目の前で食べられたら……ずるいの……っ」
「しょうがない奴だ……」
ルーブは無言で箸を持ち替え、ステーキではなく、付け合わせの草を、ひょい、とつまみ上げた。
そして、彼女の口元へ、ぐい、と差し出す。
「!」
彼女の耳が、ぴくん、と跳ねた。
差し出された草。 香ばしい匂い。 彼女は、口を開けかけて。 最後に一瞬だけ、ルーブの顔を見た。
彼は、相変わらずの無表情だった。 ただ、ほんの僅か。 本当に、ほんの僅かに口の端が、上がっているような、いないような?
「……いただき、ますっ」
あむ、と彼女は草を頬張った。
その瞬間、彼女の表情が、ぱああ、と花が咲くように崩れた。 耳の先まで真っ赤にして、両手で頬を押さえて、涙目になりながら、モグモグと噛み締める。
「……っ、お、おいし……っ」
ルーブは、その様子を一瞬だけ眺めると、再び自分の食事に戻った。もしゃもしゃ。 何事もなかったかのように。
「って! 違うわ! 肉を頂戴よ!」
「……お前はエルフだろ? だったら、草でも食ってろ!」
「私は、肉食エルフなのよ! お肉頂戴よ!」
「金を出せばやる」
「タダがいいのよ!」
「論外だ……」
揉め合う二人。 そんな様子を遠目から見る少女ーーヨニーと壮年の大男ーーマルクだった。
「……これが、お前の部下か?」
「ええ。 二人とも、私の自慢の部下です……」
ヨニーは、開かない目で二人を見上げる。 マルクは、ため息をつくのであった。
「……して、俺はなにをするのだ?」
「貴方には……」
彼女から、話を聞いたマルクは、複雑な表情を浮かべたが、頷くことしかできなかった。
ーーマルクは思った。 一度は失った命、傀儡でもなんでも、なってやろうと。




