第102話 ダンジョン主の苦悩
『カマをかけただと? ふん。 そんなことで、オイラが動揺するなどとは思うなよ、白髪魔術士よ』
黒い巨体が、私を睨んでいる。 その様子には、動揺は見えなかったけどーー
「動揺しているのが丸見えだよ?」
『どこがだ? オイラはなにも……』
「一人称が戻っているし」
私は、肩をすくめた。 丸わかりだよ? まあ、認めてくれなくてもいいんだけどね? 私ーーいや、私たちが言いたいことはただ一つ。
「お礼は言わせて……姉さん」
「そうね、オパール……」
「「ありがとう、私たちを助けてくれて!」」
『……』
化け物の動きが、止まった。
「あの時、ナナシが来なかったら。 ……私たちはヌイセマカたちに、嬲られた末に……殺されてた」
私たちは頭を下げた。 戸惑っている化け物ーーオニギスに向けて。
『……やめよ。 我はなにもしていない……』
化け物の声が、掠れていた。
『オイラは…ゴホン。 ……我は助けておらぬ。 ただ、食事の邪魔をされたくなかっただけよ。 お主を喰らうのは、我ゆえにな』
「そういうことにしておくね。 お礼は取り消さないよ?」
『……なんだと? 取り消せ! 我は、化け物なのだ!』
黒い巨体が揺れた。 ーーどうやら、感謝されることが弱点みたいだね。
「それで、さっきの話だけど……」
「話などない! さっさと、我に貴様の魔法を喰らわせろ!」
「……また、それ」
私は、ため息をついた。
「あのね。 もう手遅れよ」
『何? なにを言っている? 戦いは続いているんだよ!』
「私たち、もう知っちゃったもの」
『はぁ? もう会話はいいから。 普段喋らないのにそんなに雄弁に喋って調子が戻らないのかなぁ困るな……』
オニギスはやたらと早口で、捲し立てていた。 動揺しているのが丸見えだよ。
「知ってるよ。 あんたが、人を選んで食べてたことも。 上の層を潰さないように守っていたことも。 温泉まで用意してくれるなんて……」
『……ふん。 落差を出すための装置よ。 温泉と言う希望を見せて……落とす。 それがオ…我のやり方だからだ』
「第一層の入り口が狭いのは……」
『第一層が狭いんじゃない! みんなが掘削して、勝手に住み着き始めたんだ! オイラは、定期的に奴らを追い出そうとしていた!』
「なるほどね……」
『なにを納得している? なんだ、その顔は……』
ーーあの咆哮は、オニギスの抵抗だったんだね。
「一人で全部抱えて、誰にも言わないで、勝手に消えようとして。 ……結局、悪者気取りをしているだけだね」
「本当ね」
『おい。 何を佇んでいる? オイラは敵だぞ。 剣をしまうな! アイツみたいな反応をするな!』
「アイツ? アイツって誰かしら?」
姉さんが横に並んだ。 剣を鞘に収めていた。 黒い巨体は黙った。
そこへ、ターコイズの声が小さく響いた。
「……ガランド」
「え?」
「それって、この山脈の名よね?」
化け物は、ターコイズを睨んで唸っている。 ーーところで、攻撃はしないのかなぁ?
「三百年前、ここを掘り当てた男の名……」
「え? 知ってるの?」
「その男は、とある生物とともに、このダンジョンに潜ったと言われています。 ……それが、オニギス。 貴方ですよね」




