第93話 具現化する絶望ーー化け物視点
あの時、咆哮がガランド山脈の第十層の岩盤を震わせていた。 緑髪が驚く。
「……なんだ。 これは……まるで、叫びのようだね」
「エメラルド部隊長!」
「どうしたんだい? ……何があったか、教えてくれるかい?」
血相を変えて駆け込んできた、彼女の部下の一人。
「第十一層から、何かが上がって来ます!」
このダンジョンを知っている。 ベテランたちが異変に驚いている。
「……全班、撤退準備! 今すぐに、地上へ行きギルドに報告せよ!」
「エメラルド部隊長! そんな……」
「聞こえなかったか? ……荷はすべて捨てていい。 今すぐに、上がれ!」
それから、指示に従い人が動き出した。 温泉から飛び出して逃げる冒険者たち。
大混乱と未曾有の恐怖が、第十層に満ちていた。 ーー『オイラ』がそこに向かっただけで。
「待ってください! 部隊長、俺も行きます!」
「……殿は僕、一人がやる。 そいつの足をここで止めてやる。 第十層から上には、一歩も行かせない」
「そんな。 一人じゃ……」
「いいから行け!」
「部隊長命令だ。 これは、僕がここに居続けた理由なんだ……」
緑髪の部下が、唇を噛んで踵を返す。 最後の一人の足音が通路の奥へ消えていくのを、緑髪は背中で聞いていた。
静寂。 湯のしたたる音が耳に響く。 緑髪は、唾を飲み込んだ。
ーー表情は歪んでいた。 狂人だと、オイラは思った。
オイラの体は黒い。 光を吸う黒。 鉱物のような外殻に覆われた巨躯。 四肢は岩肌に食い込む鉤爪を備え、背には砕けた結晶が剣山のように生えている。
オイラはまた咆哮した。 広場の空気がびりびりと震えていた。 オイラは緑髪と向き合う。 緑髪が得物を構え、間合いを測る。
その時だった。 手元の火が照らした景色には、見慣れた紋様が、刻まれていた。 オイラが飲み込んだ、緑髪の仲間だ。
ーーアメジストもターコイズも気づかない。 なぜなら、そいつらは帰って行ったモノ。 後は、オイラが虚偽の報告をすればいいだけだ。
「……なんで、お前が。 僕たちの証を……」
ーー見られたね? 下りていった彼女たちの仲間が、この鉱山に喰われ、取り込まれ。 こうして、変わり果てて戻って来た様子。
オイラは緑髪を見た。 探るような何かを感じる。
ーーなぜ、そんな喜んだ顔をしているんだよ? 理解に苦しむ。
緑髪は得物を握り直す。 オイラは、また咆哮を上げる。
その時。 二人の間に別の存在が現れた。 ーー邪魔されたと思った。
「……どけ、緑髪。 俺がコイツを潰す」
「君は誰だい? なぜ、この状況で平気なんだい?」
突然現れた冒険者に。 思わず質問する緑髪。
彼は一瞥してこう言ったーーナナシだと。
◇◇◇
オイラは歩く。 近くには、白髪、赤髪、青髪、紫髪がいる。
「ここは、研究室かしら?」
「ふむ。 ここでキメラが生まれたのでしょう」
「なぶぅ? それはなんでぃ」
カラフルな髪たちが、喋っている。 もうすぐだ、オイラの巣は。
そして、その場所でオイラは正体を明かして、コイツらを喰らう。
ーーそれが、オイラの役目だからだ。




