第50話 繭に潜む悪意 ーーアゼッタ視点
私たちは、いよいよ第十二層以降へ踏み込む。
だけど私たちには、詳細な地図がある。 ーーガランド調査隊が測量した記録。
エメラルドという名前の隊長がギルドに提供した道標がある。
だから問題はなかった。 第十二層。 第十三層。 第十四層。
どの層も無人で、地図の通りだった。 不自然なほどにーー
「気味が悪いくらい順調ね」
「順調なのは悪いことじゃないでしょ?」
「順調すぎるのが気持ち悪いって言ってるのよ、キャス」
ーーそう。 順調すぎる。
まるで、通したい場所へ通されているみたいに。
◇◇◇
しかし、第十五層に到達した時、事件が起きた。
「……やっぱり。 これだったんだ……」
「うう。 不気味です」
ラムが、珍しく硬い声で言った。 ミリィは、全身をビクビクさせていた。
私は地図を広げる。 第十五層、大広間。 不自然なほど広い、何もない空間。 注記には「用途不明」とだけ書かれている。
私たちの目の前には。 卵が、一個あった。
大広間の中央。 黒く濁った、私の背丈ほどもある卵。 それが、菅みたいな繭に幾重にも包まれて、床から生えるように立っている。
ーードクン。 振動が、床を伝ってダンジョンを揺らす。
育っている。 それが、はっきりと感じられた。
「……なによこれ」
「わかりません。 でも」
バニラが、耳を伏せた。
「……これ、生き物ですニャ」
◇◇◇
誰も、しばらく口を開かなかった。
ドクン、ドクン、と。 規則的な音だけが、大広間に響いている。
「ミート。 地図には」
「載っておらん。 調査隊が測量した時には、なかったのじゃ」
「つまり」
「最近できた、ということじゃな」
冒険者が消えて。 住民が消えて。 そして、この卵が育っている。
「……ねえ」
私は、自分の声が震えているのに気づいた。
「これ、何を食べて育ってるの?」
誰も答えなかった。 ーー答えなんて、全員分かっていたから。
その時、卵が一際大きく脈打った。
これをこのまま、放置すると大変なことになる。
この場の決定権を持っている、ミートが口を開いた。
「……破壊するべきじゃな」
「それには賛成ですが……嫌な予感がします」
「私もよ……これは、厄介だと思うわ……」
二人とも難色を示していたけど、破壊することには同意している。
「私がやるわ」
「アゼッタちゃん」
「私が一番、火が得意だもの」
ミートが頷いた。
「……よかろう。 皆の者、意識をしっかり保つのじゃぞ!」
私は、手のひらに魔力を集めた。
ーー思えば、私に魔力があることを教えてくれたのは、あの水晶だった。
私に魔法使いの才能があることを、ルミス様は喜んでくれた。
それから魔術学園で、一番最初に習った火炎魔法。 絶望のドン底にいた私を救ってくれた、ルミス様のために、必死に練習したこの技。
こんなことに使うなんて、思ってもみなかったけれど。
「……燃えなさい」
私は、火炎魔法で繭を焼く。 炎が繭を包み込んだ。
『オオァ……ァ』
まるで悲鳴のように、卵の中から不気味な音が聞こえてきた。
中から、黒い炎が膨れ上がって来て、私たちに迫ってくる。
「……これは、まずい。 アゼッタ! 今すぐに、その炎を消すのじゃ!」
「……わかったわ!」
赤かった炎は、ドス黒く染まっていた。 急いで、水魔法を唱えた。
火は消えた。 まるで、水蒸気のように黒い霧が充満して行く。
ーーなんだか、不思議な感覚を覚える。 どこか懐かしい気持ちになる。
「……これは。 危険な香りね……最悪な状況だわ」
「そうですね……」
「私や、貴方は魔族だから問題ないけど……」
キャスとバニラの声が聞こえる。 二人とも、なにかを警戒している様子だった。
炎は完全に消えた。 私は尻もちをついて、割れた殻を見上げた。
中にはもう既に、なにもなかった。 灰になって、ダンジョンに溶けたのね。
「う、う〜 ああ! ……アァ……」
「お、お姉ちゃん、やめて……」
なんの声? まるで、体を乗っ取られたように聞こえたけど。
私の考えは合っていた。 霧が晴れた私が見つけたのはーー
全身を黒く染めたミリィと、血だらけのラムだった。




