第48話 学園長の落胆
私たちは第四層から第九層まで降りてきたんだけどーー
血の跡はある。 争いの痕跡もある。 なのに人がいない。 そして、装備などの服がそのまま放置されているわ。
「……みんな露出したのかしら?」
「よくないです、キャス」
ミリィが真面目な顔で言った。 この子、時々怖いわね。
「……そうね。 ごめんなさい」
「そうだよ。 みんなキャスと違うから」
ーー第九層を過ぎたあたりから、また違和感がました。
なにか、生物の食道を通っている気分なのよねーー
第十層に降りた時、ミートが崩れ落ちた。 どうしたのかしら?
「お、温泉がないのじゃ!」
「温泉? そんな……」
「そうじゃ! この階層には、温泉があったのじゃ!」
ミートは、床に手をついたまま顔を上げた。 ーー今までで一番、絶望した顔をしている。 私も同じ気持ちよ!
「ダンジョン攻略の合間に、湯に浸かる。 これぞ極楽じゃと聞いておった! 儂が今回の旅に同行したのも、これだったのじゃ!」
「……本当よ! ふざけないでよ! どうなっているのよ!」
ミートの話によると、この階層に温泉があったらしい。 ガランド調査隊の前線基地で、ダンジョン内で安全地帯だったとか。
たしかに、施設はあるけど、温泉の気配はどこにもないわね。
整然と並んだテント。 積まれた物資。 燃え尽きた篝火。 ーーそして、乾ききった浴槽。
私は、浴槽の縁に手を触れた。
「……冷たいわね」
「湯が引いておる。 ……そんな馬鹿な。 温泉は湧くものじゃぞ? 止まるものではないのじゃ!」
「止まったってことは、止めた何かがいるってことね……」
リディが、乾いた浴槽を覗き込んだ。
ーーなに言ってるの? この人? やっと喋ったと思えば、訳の分からない構文みたいなことを言って! 私たちを揶揄っている訳?
「ちょっと、リディだったっけ? アンタ、なにを当然なことを言ってるのよ!」
「……」
ーーちょっと! ダンマリを決め込まないでほしいわ!
「バニラ。 ここは覚えてる?」
「はい、ですニャ」
バニラは、並んだテントを見つめていた。
「ここで、ナナシは兵隊さんたちと戦って。 ……エメラルドさんたちが追いついてきて」
「エメラルド?」
「ガランド調査隊の隊長さんですニャ。 ……あの人が来たから、ナナシは逃げたんですニャ」
へえ。 あのナナシとかいう男が逃げる相手がいるのね。
「そのエメラルドは、今どこに?」
「わかりません。 ……でも、下へ行ったはずですニャ」
ーー下ね。 私の気持ちは、ダダ下がりだけど。
「はいはい。 いくよ〜」
「乱暴するです。 舌噛むです〜」
ショックを受ける私とミートはミリィとラムに運ばれて、第十一層に降りた。
ずるずると引きずられながら、ミートはまだ「温泉が」と呟いていた。
でも。 第十一層に降りた瞬間、ミートの表情が変わった。
「……ほう?」
立ち上がって、辺りを見渡し始めたわ。 ーーさっきまでの残念な姿が嘘みたい。
私も、うかうかしてられないわね。
「どうしたの?」
「見よ。 この、不自然な空洞」
ミートが指した先には、大きく抉れた通路があった。
壁が崩れ、天井が落ち、瓦礫が山積みになっている。 元は蟻の巣のような入り組んだ地形だったらしいのに、その一角だけがぽっかりと開けている。
「さぞかし、大物の魔法使いが魔法を行使したに違いないぞい!」
ミートは、崩落面に駆け寄って、指で焦げ跡をなぞった。
「見よ、この焦げ方。 爆炎系じゃな。 しかも詠唱が短い。 感情で撃っておる」
「感情で?」
「怒っておったのじゃ、この術者は。 ……よほどのことがあったのじゃろう」
ーーあら。 怒りの力って訳ね。
「ミート。 そういうの分かるの?」
「儂は魔術士じゃぞ?」
「……ごめんなさい、ちょっと侮ってたわ」
「よく言われるのじゃ」
ミートは、崩落面を見上げていた。
「じゃが、他にも魔法を行使した気配を感じるぞい」
「なにが?」
「……これは。 そんな、まさか……」
ーー時空間移動。 ミートの表情は、愕然としていた。




