第32話 麓でのひと時
私は、服を着たまま麓の街の真ん中にいた。
「せっかく麓に来たんだから、遊びましょうです!」
「そうしよう、楽しみだなぁ!」
ミリィの発言にラムがリアクションした。
「賛成ですニャ!」
「賛成ニャン!」
「僕も行くニャ」
即決だった。 この子たち、ちょろいわね。 いえ、素直と言うべきかしら。
ミアは「面倒くさい」と言いながら部屋から出てきた。 総勢七人。
私たちを街の人がどう見るかは、まあ考えないことにしましょう。
◇◇◇
ガランド山脈の麓町は、思っていたより賑やかだった。
通りには露店が並び、串焼きの煙が上がっている。 商人というのはたくましいものね。
「ニャー! いい匂いがするニャン!」
ミルフィが真っ先に串焼き屋へ飛んでいく。 プリンがその後を追いかけ、バニラが「走ったら危ないですニャ」と追いかけていく。
「……あの子たちは元気ね」
「猫だからじゃない?」
ミアが欠伸をしながら答えた。 貴方も猫でしょうに。
「肉ニャ! これください!」
「あいよ、嬢ちゃん」
串焼き屋の親父が、ミルフィを見て固まった。 そして、その後ろのバニラを見て、さらに固まった。
「せ、聖女様!?」
「あ」
バニラの猫耳が、ぴん、と跳ねた。
しまった、という顔。 この子、正体を隠して出歩くつもりだったのね。
「聖女様が! うちの店に! お、おい、みんな! 聖女様だ!」
「ちょっ……お静かに、静かにお願いしますニャ……!」
もう遅い。 通りの人々が振り返り、あっという間に人だかりができた。
ーーダンジョンで正気を失った冒険者たち。 それを治したのが彼女らしい。
感謝している人間は、バニラが思っているより遥かに多いらしい。
「聖女様、ありがとうございます! 息子が助かりました!」
「うちの主人も! 本当に、なんとお礼を……」
「い、いえ、そんな、私は……」
バニラは真っ赤になって、両手をぱたぱた振っている。
「……お姉ちゃん、すごいニャ」
プリンが、串焼きを握りしめたまま呟いた。
その目には、まっすぐな誇りがあった。 この子にとっては、自慢のお姉ちゃんなのね。
「皆さん。 聖女様は今日はお忍びです」
「そうだよ、お願いします」
ミリィとラムはにっこり微笑んだ。
「ま、まあ、そういうことなら」
「聖女様、どうぞごゆっくり」
人波が散っていく。 串焼き屋の親父は、串を七本、押しつけるように渡してきた。
「代金はいらねえ。 ……ほんとに、ありがとうな」
◇◇◇
串焼きを齧りながら、私たちは通りを流した。
「ニャー! これ美味しいニャン!」
「ミルフィ、口の周りタレだらけニャ」
「ニャ!?」
ミルフィの口元を私は拭いた。 すると、プリンは口元にタレをつけた。
「キャス、僕もタレ塗れニャ!」
「はいはい」
私は、プリンの口元を拭ってあげる。 すると、とっても嬉しそうね。
「ねぇ、見て見て」
ラムが指さした先には、露店の雑貨屋。 髪飾りやら首飾りやらが並んでいる。
「わあ、可愛いです! ラム、これ似合うです!」
「お姉ちゃん、それ私のじゃなくて……」
ミリィとラムが騒いでいる横で、ミアが一つの髪飾りをじっと見ていた。 黒い羽根をあしらった、シンプルなやつ。
「……買えば?」
「べ、別に見てただけよ」
「ふうん」
私はさっさと店主に代金を払った。
「はい、どうぞ」
「な……! い、いらないってば!」
「そう? 似合うと思うわよ?」
「……じゃあ、ありがたく」
ミアは真っ赤になって髪飾りを受け取り、そっぽを向いた。 尻尾がぱたぱた揺れているわよ?
夕暮れ時。 私たちは広場のベンチに並んで座った。
空が茜色に染まって、ダンジョンの入り口が暗い口を開けている。
「……楽しかったですニャ」
バニラが、ぽつりと言った。
「こんな風に、みんなでお買い物をして、串焼きを食べて。 ……ずっと、こういうのに憧れてましたニャ」
「聖女様は忙しいものね」
「ええ。 執筆作業でね……」
バニラは、両隣に座る妹たちを見た。 ミルフィは膝の上で寝落ちしかけ、プリンは静かに串を握りしめている。
「でも今日は、ただのお姉ちゃんでいられましたニャ」
そう言うバニラの顔はダンジョンの入り口へ向いていた。
ーーこの子は、あそこへ戻るつもりでいる。 なんとなくそんな気がした。
「バニラ、ダンジョンの奥に行きたいの?」
「はい。 ダンジョンは私を呼んでいますから……」
私は立ち上がって、伸びをした。
「私に任せなさい!」
バニラは、目を丸くしていた。
「……はいですニャ。 なんとなく、プリンの気持ちがわかったニャ!」
「プリンの気持ち?」
「ニャ……キャス! これが終わったら、キャスには魔王領に来てほしいニャ」




