第23話 邪魔な忠犬たち
第四層から先は、代わり映えしなかった。
第五層も、第六層も、血と悲鳴と嗤い声。 第七層では正気の連中が砦を作って立てこもっていたが、知ったことか。 第八層、第九層。 どこまで降りても、同じ地獄の風景が続く。
ーーいや、正確には少し違うか。
深くなるほど、冒険者が減ってきやがったな。
「……層を降りるほど、声の支配が弱くなっています」
肩の上で、バニラが硬い声で言った。
「もう、引き返せません」
「へえ。 あ、そう」
ーーそして、第十層。
降り立った瞬間、空気が変わった。
血の臭いがしない。 悲鳴もない。 整然と積まれた物資、規則正しく並んだテント、燃える篝火。 そして、温泉の匂いーー
ここには、あのクソ野郎であるエメラルドの部下たちが根城としている場所だ。
ガランド調査隊のダンジョン攻略の前線基地ってやつだな。
ーーああ、せっかくだから、ここも地獄になってたらよかったのに。
あの部下どもが同士討ちでのたうち回ってる姿、想像しただけで飯が三杯は食えるんだが。
「……最低です」
「顔に出てたか?」
「全部出てました」
残念ながら、第十層は無傷だった。 隊員どもはこっちに気づいた。
「止まれ! 何者だ!」
武装した隊員たちが、一斉にこちらへ武器を向ける。 ーーそして、先頭の男が俺の顔を見て、目を見開いた。
「おまえは、ナナシ! ……エメラルド隊長はどちらに?」
「ああ。 アイツなら後で来るよ……」
ーーもっとも、生きていたらだがな?
上の階層はどこも地獄だ。 いくらアイツらでも、狂った冒険者の海を無傷で泳ぎ切れるかね?
ーーアハ。 こいよ! いつでも、相手になるぜ? クソ野郎ーー
「後で……? まさか、一人で来たのか? その肩の方は……」
「せ、聖女様だ! 聖女バニラ様だぞ!」
「なぜ聖女様が、こんな場所に……おい、様子がおかしいぞ」
隊員どもがざわつき始める。 バニラは俺の肩の上で、気まずそうにしていた。
「……通してもらうぜ。 急いでるんでな」
俺が歩き出そうとした、その時だった。
先頭の男が、俺の前に立ち塞がった。 槍を構え、まっすぐに俺を見据えて。
「ナナシ、エメラルド隊長が戻ってくるまで、この先へは行かせんぞ」
「は?」
ーーざっけんじゃねえぞ?
「聞こえなかったか? 通せっつってんだよ」
「聞こえました。 その上での判断です」
男は退かない。 周りの隊員たちも、じり、と輪を狭めてくる。
「貴方は要注意人物として通達が出ています。 その上、聖女様を明らかに意に反して連れ回している。 ーーここを通すわけには、いきません」
「……ハ。 ハハ。 謙っていたら調子に乗りやがって」
笑えてくる。 門番の次は関所かよ。 どいつもこいつも、俺の邪魔ばかりしやがって。
「なあ。 俺がここまで降りてきた意味、わかるよなぁ?」
「……」
「俺と、やり合うってのか? この俺と?」
「……構いません」
男は、槍を握り直した。
「自分たちは、エメラルド隊長にここを任された。 隊長の命令なくば、何人たりとも最下層へは通さない。 ……たとえ、勝てない相手でも」
ーーああ、そうかよ。
こいつら、あのクソの部下だわ。 目が同じだ。 あのイカれた忠犬の目。
「……いいぜ。 ぶっ殺してやる!」
俺は、剣を抜いた。
「まとめて、かかってこいよ」
その瞬間ーー 懐にあった、マルクの形見である剣が振動する。
ーーまるで『使え』とでも言っているみたいだ。
だが、絶対に使ってやらん。




