第21話 地獄への招待
第四層入り口の門番との戦いは、認めたくないが手こずっていた。
「囲め、畳みかけるぞ!」
「チッ、雑魚どもが群がりやがって! 群れないと、何もできないくせによ!」
門番たちが、徒党を組んで攻撃してきやがる。
一人一人は大したことがない。 ーーだが、こいつらは違った。 盾で壁を作り、槍で牽制し、俺が一人を潰す間に三人が背後へ回る。 訓練された連携。 雑魚のくせに、群れ方だけは一人前だ。 さすがはギルドの雇われ冒険者ってか?
「ぐっ……! 卑怯な真似を……」
「悪いが、手段は選ばんぞ!」
脇腹に槍の穂先が掠める。 イテェ。 血が噴き出しやがる。
ーークソが。 体が重い。
バニラを担いだまま、片手で剣を振り回しているせいだ。 おまけにこの剣は鈍ら。 斬っても斬っても、奴らは倒れない。
ーー使うか? マルクの形見の剣を? 今、ここで?
「ナナシ。 貴方の負けです。 投降して下さい」
「寝言は、死んでから言えよ、猫被り女……」
「寝言ではありません。 真実です……」
肩に担がれているバニラがほざきやがる。 チッ、お前さえ担いでなきゃ、俺の華麗な動きで、今頃コイツらはーー
なあ? せめて役立てよ、聖女様? 体を癒すとかなぁ?
ーーそうだ。 それぐらい構わんだろ? コイツは治したがり屋だしなぁ!
「……おい。 ホラ、治せ! 猫被り女!」
「……嫌です」
「ハア? お前は、聖女だろうが! ……今更、役割放棄か?」
「私は、貴方を許しません! ……お願いですから、ここで倒れて下さい」
「……許せないだと? お前は、一体、何様のつもりだ?」
ーーふざけやがって。 どうやら、立場を理解できない愚者らしい。
「どいつもこいつも。 俺の目的を! 邪魔するなァ!」
吠えて、踏み込む。 だが、痛みで足がもつれた。 視界の端が滲む。 出血のせいか。
「隊列を崩すな! 奴はもう限界だ!」
「がっ…… クソ雑魚が! この俺を……舐めるな……」
「よし、捕らえろ!」
膝をつく。 やがて、数にものを言わせて、門番たちは俺を拘束した。
地面に押さえつけられ、腕を捻り上げられる。 バニラは丁重に俺の肩から降ろされ、兵士たちに囲まれて保護されていく。
「聖女様、ご無事ですか!」
「……ええ。 どうか、その人を、ナナシを殺さないであげてください」
「は? このアマ……舐めやがって」
ーー同情かよ。 一番いらねえもんだ。
頬に土の味。 傷がズキズキと痛む。 ああ、クソ。 無様だーー
このまま、俺は終わるのか。 最深部にも届かず。 願いも叶えられず。 こんな、場所で。
ーーその時だった。
『ォォオオオオ……オオオオオォォォォ……!!』
あの唸り声が、第四層から響いた。
今までで一番近く、一番大きく。 地面が揺れ、俺を押さえつけていた門番が苦しみ出した。
「な、なんだ……!?」
「うっ……あ、頭が……」
他にも、その声を聞いた門番の数人が、苦しみ出した。
頭を抱え、膝から崩れ、白目を剥いて痙攣する。 ーーいや、それだけじゃない。
『……ここで、終わってもらっては困る。 聖女を最下層まで連れてこい……』
「は? なにを言って……おい、どうした、ごぶっ!?」
崩れた男が、隣の仲間に槍を突き立てた。 つまり、同士討ちだ。
「なっ……貴様、何を!」
「潜れ、来い、最下層へ……」
「正気に戻れ! ぐあっ!」
おかしくなった門番たちの目の焦点が合っていない。 口から泡を吹き、仲間に武器を向け、獣のように殴り合う。 さっきまで完璧だった連携が、内側から食い破られていくーー
「や、やめてください! 皆さん、正気に、きゃっ!」
「ハハハ、ザマァねぇな? ホラ! お前は、俺と来るんだよ!」
「キャア! ……ナナシ? 正気ですか? この声が聞こえますよね?」
「はん。 それがどうした? 俺には関係ねぇんだよ」
バニラの声も門番たちには届かない。 残念だったな? おサボり聖女様?
混乱は瞬く間に詰め所全体へ広がった。 壁が砕け、扉が吹き飛ぶ。 同士討ちの暴力が、石造りの詰め所を内側から破壊していく。
ーーなるほどな。 俺は思わず笑った。
これが、このダンジョンの正体か。 聞いた者の正気を奪い、殺し合わせる。
ーーさすが『死のダンジョン』と呼ばれるだけある。
俺の全身が悲鳴を上げているが、構うものか。 呼ばれているんだ、アビスが俺を待っている。
バニラの襟首を引っ掴み、再び肩に担ぐ。
「ナナシ! ……やめて! 離して!」
「……なら、俺を止めるんだなぁ? 他でもない、お前がなぁ?」
「それは……」
「できないのか? 魔族皇女の掟、だよなぁ? 残念だったなぁ!」
「彼らを助けないと……この声は、放っておけば……!」
俺は、その混乱の中、第四層に向かった。
背後で響く同士討ちの怒号。 鉄と鉄がぶつかる音。 バニラが肩の上で何かを叫んでいる。
ーー全部、どうでもいい。
声の主が今の俺にとっては都合がいいだけの話だ。
「待ってろよ。 ……俺の願いを、叶えてもらうぞ」
足を引きずりながら、俺は闇の底へと降りていった。




