第28話 とある部隊長の独白 ーーエメラルド視点
最後に外に出たのはいつだろうか? 僕は、ぼんやりと椅子の背もたれに、背中を預けていた。 緑色の髪が地面に向かって垂れる。
じっと、天井に揺れる光を見つめる。
ここは第十層。 僕たちガランド調査隊は、この階層を全面掌握している。
旧王国ガランド調査隊。 どう? 名前だけは、立派だろ?
だが、治めるべき王はいない。 王国制そのものが、とうの昔に崩れ落ちた。
誰の命令で、誰のために、僕たちはこの穴の底に居続けているのか。 昔の名残りをいつまで、残しておくつもりなのか。
僕たちは、生きているふりをして、規律を守るふりをして、まだ何かの役に立っているふりをしているだけの冒険者未満の存在だ。
第十層は大広場。 しかも、ここには水場がある。 溢れ出る資源を利用して、温泉施設まで経営しているんだから、尚更だ。
湧き出る清水を引き、魔法で火を燃やして、温泉を作った。
死の鉱山に、温泉だぞ。 今じゃ「ガランド温泉」なんて呼ばれてる。
キャッチコピーはこれだ。 死の底にある温泉地だ。 イカしているだろ?
どいつもこいつも、物好きが過ぎる。 いや。 たしかに、僕も好きなんだけど。
お陰で。 すっかりこの生活が、僕の仕事になってしまった。
攻略の拠点の場所だが、僕たちの帰る場所になっている。
湯に浸かりながら明日の段取りを話す部下たちの顔は、家そのものだ。
ーーあれ? こんなのおかしくないか? ダンジョンってこんなモノなのか?
作為的なものを感じる。 まるで、僕たちをここに閉じ込めるなにかを。
いや。 ナイナイ。 だって、ここにいるのは僕の意思なんだからーー
僕たちの部隊班は三つに分かれている。
探索班。 文字通り、下に潜って探索をしている。 次に、僕たちの補給を担う運搬班。 そして拠点そのものを守り、回す常駐班という名の経営者だ。
だが最近、常駐班が、運搬班に対して、陰口を呟いているのを聞いた。
「あいつらは、外の空気を吸えていいよな」と。
運搬班は運搬班で、安全な湯に浸かって留守を預かる常駐班を、腹の底で妬んでいる。「俺たちが汗水垂らして運んだ飯を、ぬくぬく食ってやがる」と。
そして探索班だが、ほとんど帰ってこない。 数人が荷物を取りに戻ってくるだけで、全員は戻ってこない。
たまに、荷物の代わりにと。 同志の死骸が置かれていることがあった。
確実に、僕たちは数を減らしている。
僕たちの問題は、モンスターよりもよほど静かに、確実に広がっていく。
補給線は、伸びきっている。 地上から第十層までの往復は、二日がかりだ。
途中の階層で魔物が活発になれば、補給そのものが遅れる。
だが。 本当の問題は、誰も口にはしない。 だが、うすうす気づいている。
湯に浸かりながら、飯を噛みながら、寝床で天井の岩を見上げながら、心のどこかで分かってしまっている。
この組織は、もう終焉を迎えている。 ただの温泉経営軍団だ。
下を目指す情熱など、最初からない。 今の僕たちがやっているのは、現状維持だ。 終わりのない繰り返し。
前へ進むためではなく、ただここに留まり続けるために、時間を磨り減らしている。
ーーいつまで? その問いを、僕はいつも途中で飲み込む。
本当は、僕は冒険がしたいんだ。 この地下にある謎を解き明かしたい。
でも、それは部隊長という、僕の身分がそうはさせないようだ。
諦めるしかない。
ーーそんな時、だった。 魔物の咆哮がこの階層に響き渡ったのは。




