第16話 目の前の現実
第二層から、さらに下へ。 階段を降りていくと、空気が冷たくなる。 壁の魔導灯の間隔も広がる。
ーー第三層。 ここから先が、私たちの行動場所だ。
「オパール」
「うん」
姉さんが腰のショートソードを抜いた。 私も短剣を引き抜いて、いつでも振るえるように構える。 私は魔法使いなんだけど、魔力は温存しないと。
第三層は、現役の採掘場所だ。 壁のあちこちに、つるはしで掘られた跡が残っている。 ところどころに、まだ採掘されていない鉱脈が、魔導灯の光を反射してきらりと光る。
でも、私たちは採掘人じゃない。 冒険者だ。
私たちの仕事は、薬草採取と、魔石の回収なのだから。
「ねぇ、姉ちゃん。 今日はどっちから回る?」
「西側からにしよう。 昨日、東側で他のパーティーが取り尽くしてたから」
「了解」
西側の通路へ足を踏み入れる。 第三層は、第二層ほど人がいない。 たまにすれ違う冒険者と軽く会釈を交わすくらいだ。
通路は第二層程は広くはない。 段々潜る程に、狭くなるらしい。
ーー第三層は、地下水脈に近いらしい。 壁を伝って、ところどころに水が滲み出している。 そのおかげで、薬草が育つようだ。
「あった。 オパール、こっち!」
「はい、はい」
姉さんが、岩陰の薬草を見つけた。 淡い青色の葉を持つ、月光草。 夜目に光る性質があって、ポーションの原料になる。
私は短剣を逆手に持ち替えて、根元から丁寧に刈り取った。 根を残しておけば、また生えてくる。 ギルドで教わった採取の基本だ。
「もう少し奥に行けば、もっと群生してるはず」
「うん」
私たちは、慎重に奥へと進んだ。 ーーそして、足を止めた。
通路の先に、何かが転がっていた。
最初、私はそれを岩か何かだと思った。 でも、近づくにつれて、形がはっきりしてくる。
ーー人だ。
「姉ちゃん……」
「下がって、オパール」
姉さんが、私を背中に庇うように前に出た。 ショートソードを構え直して、ゆっくりと近づいていく。
倒れているのは、革鎧を着た冒険者だった。 うつ伏せに倒れて、動かない。 背中に、大きな裂傷が走っていた。 乾いた血が、地面に広く広がっている。
ーー死んでいる。
「魔物に、やられたんじゃないね」
「……うん」
姉さんが小さく呟いた。
第三層に出る魔物は、私たちでも対処できるレベルだ。 ゴブリンや、コボルト、たまに大きな蜘蛛。 それくらい。 革鎧の冒険者を、こんな風に背中から一撃で殺せるような魔物は出ない。
それに、背中から斬られている。 ーー逃げる途中で、後ろから。
「所持品は……抜かれてる」
姉さんが、屈み込んで遺体を確認した。 ベルトのポーチが切り裂かれて、中身が空になっている。 武器も、靴も、無くなっていた。
姉さんが遺体の顔を見た時、表情が固まった。
「……ボンバさん! そんな!」
「……」
冒険者同士の、殺人と窃盗。 掲示板の業務連絡。 遠い噂話だと思っていたものが、目の前に転がっている。
朝、姉さんと会話していた彼の笑顔が蘇る。
「……ギルドに、報告しないと」
「うん。 ……姉ちゃん、大丈夫?」
私が言うと、姉さんは私を見た。
「……今日はもう、引き返す?」
「ううん」
私は首を振った。 今日の収穫は、まだほとんど無い。 月光草を、片手で握れるくらいしか採れていない。 ここで引き返したら、宿代も食事代も払えない。
ーー死の鉱山の冒険者は、一日休めば、一日飢える。
「先に、ギルドの巡回に伝えよう。 それから、もう少しだけ採取して帰る」
「……オパール、しっかりしてるね」
「姉ちゃんがぼーっとしてるからでしょ」
「うっ……ごめん。 私がお姉ちゃんなのに……」
姉さんが、ばつが悪そうに顔を背ける。
私たちは、ボンバの遺体に手を合わせてから、その場を離れた。
顔は見なかった。 見たくなかった。 見たら、歩けなくなる。
通路を進みながら、私はずっと考えていた。
第三層の魔物では、倒せない一撃。
所持品だけ、丁寧に抜かれた死体。
ーー犯人は、まだこの近くにいるかもしれない。
握った短剣の柄が、革手袋の中でじっとりと汗ばんでいた。
「オパール」
「……うん」
「離れちゃ駄目だよ。 絶対に」
「うん。 姉ちゃんも」
姉さんの背中を、見失わないように。
私は、いつもよりお姉さんに近づいた。




