第14話 朝の麓
宿屋を出ると、まだ明け方なのに、大勢の冒険者が歩いていた。
私はマントの裾を引き寄せて、姉さんの背中を追いかけた。
「姉ちゃん、待ってよ……」
「もう、急いでよ! 入り口が混むでしょ!」
そう言いながらも、姉さんは振り向いて少しだけ歩く速度を緩めてくれた。
通りに出ると、大きな盾を背負った戦士。 杖を持った魔術師。 軽装に短剣を差した盗賊風の男。 みんな同じ方向へ歩いている。
「おはよう、ルビーちゃん、オパールちゃん!」
武具屋の前を通ると、店主のおばちゃんが声をかけてきた。 姉さんが手を振り返す。
「おはようございます!」
「気をつけてね。 今日も無事に帰っておいで」
「はい!」
「……」
元気に挨拶する、ルビーお姉さん。 一方、私はぺこりと頭を下げるだけ。
ルビー姉さんみたいに、上手く笑えないーー
通りの両側には屋台が並んでいて、焼いた肉の匂いや、香辛料の匂いが朝の空気に混ざっている。 ポーションを売る薬師の店先には、もう列ができていた。 干し肉、保存食、ロープ、油など。 冒険者の必需品が、並んでいる。
今日は、寄る必要がないからいいけど、用事がある時は暗い内から起きないといけないから憂鬱だ。
「オパール、ギルドに寄っていくよ!」
「うん……」
冒険者ギルドは、鉱山の入口を見下ろす小高い場所に建っている。 石造りの、無骨で頑丈そうな建物。 扉の前には、すでに大勢の冒険者が依頼書を確認していた。
中に入ると、受付のお姉さんが顔を上げた。
「ルビーさん、オパールさん、おはようございます」
「おはようございます。 今日も浅層で、薬草採取と魔石の依頼を受けたいんですけど……」
「かしこまりました」
姉さんが手続きをしている間、私は壁に貼られた掲示板をぼうっと眺めていた。
ーー第一層、混雑地帯。 奥へ進む冒険者のために道を譲ること。
ーー第二層、宴会禁止。 ここでの飲酒はお控えください。
ーー第三層、軽装禁止。 油断なく、装備を整えてください。
ーー第四層、単独禁止。 一人での行動厳禁。
業務連絡〜 冒険者同士のトラブル発生中。 所持品の管理を厳重に。
踏破パーティー
エターナルパーフェクト教団 十九層到達
業務連絡の一文に目が止まる。
ーーボンバのおっちゃんが言っていたのは、これのことだ。
「お待たせ。 オパール、行こう!」
「……うん」
「あ、これね! 凄いよね『完璧な理想』か……憧れちゃうな〜」
お姉さんは、用紙を見たまま、トリップしてしまった。
ーー駄目だ。 こうなった姉さんは、全然動かない。
私はため息を吐くしかなかった。
しばらくして、ギルドを出ると、もう鉱山の入口は目の前だ。
ぽっかりと開いた、黒い口。 その奥から、ひんやりとした風が吹き出してくる。 地下から這い上がってくる、湿った土と、鉄錆と、それから何か別の匂い。
入口の脇には、詰所がある。 その中には、聖女がいるらしいーー
らしい。 というのも、私たちは彼女に会ったことはない。
聖女の存在は貴重で、私たちみたいな冒険者クラスじゃ、彼女に謁見することもできない。
「……今日も、無事に帰還できますように」
「……」
姉さんが胸の前で手を組んで頭を下げる。 私も慌ててそれを真似した。
「姉ちゃん」
「ん?」
「……今日も、無事に帰ろうね」
「当たり前でしょ」
姉さんは私の手を、ぎゅっと握った。 ーー革手袋越しでも、温かいよ。
私たちは、洞窟の中へと足を踏み入れた。




