『パパの本物と偽物とか、そんなのないわ』
2巻発売してます!よかったらぜひぜひ!
内容かなり改稿させていただいております~!
――聖猫族の集落に誘拐されて、もう何日経っただろうか。
私は夕方、自室でぼんやりと窓の外を眺めていた。
「はー、今日も何も音沙汰なかったにゃ」
やはり外にシャボン玉で連絡を取るというのは難しかったのかもしれない。
しかし。
突然部屋にふよふよと、明確に意志を持った感じのシャボン玉が飛んできた。
手のひらサイズくらいの、ツチノコみたいな形のシャボン玉だ。
「こ、これは……!!!」
私は窓を開けて手を伸ばし、シャボン玉をそっと部屋に招き入れる。
シャボン玉は触れても割れず、そこにはクリフォードさんの変顔が映っていた。
「はっ……はらがたつにゃあ!!!」
どうやら中にクリフォードさんの魔力が込められているらしく、割れない。
クリフォードさんにこの場所が伝わった。よかった。
それからすぐ、私は侍女さんに、両親に会いたいと言った。
通された部屋で、私は両親の目を見て言った。
「アリスちゃんを帰してあげて」
二人はどこか安堵したような、ほっと肩の力が抜けた顔をした。
「……そうか。この集落の子になってくれるのだな」
「はい。だからアリスちゃんは、ご両親の元に帰してあげてください。アリスちゃんパパもアリスちゃんママも、今頃絶対悲しいと思うから」
私は意図的に、アリスちゃんのご両親のことを口にした。
一瞬、お母さまの唇が震えたのを私は見逃さなかった。
(この集落にも、両親にも、きっとまだ私が知らされてない秘密がありそうだにゃ)
ともあれ外と連絡が取れたのだから、アリスちゃんは一刻も早くこの街を出た方がいい。
たとえ大竜厄役が待ち受けているとしても、まだ人間社会を壊すには時間がある。
ここより外が安全だし、早く両親に会わせてあげなきゃ。
◇◇◇
翌朝。
両親は朝食後、私に食堂にとどまるように言い、アリスちゃんを呼んだ。
アリスちゃんは緊張した面持ちで入ってきたが、私の笑顔を見てほっと肩の力を抜く。
お父さまはアリスちゃんに私の隣に座るように勧め、話を切り出した。
「ニンゲン――アリス。お前を故郷に送り届けることが決まった」
アリスちゃんは一瞬だけ喜色を浮かべたのち、再び不安そうに続ける。
「あの……ミルちゃん……ミルシェットさんは帰れないんですか?」
「この子の故郷はここだ」
アリスちゃんの瞳が困惑に揺れている。お母さまが言い聞かせるように言った。
「ミルシェットは聖猫族の里で暮らすわ。あなたはご両親の元に戻りなさい」
「お互い、お互いの親の傍で暮らしていた方がいいだろう」
お父さまが言った瞬間。アリスちゃんがハッとした顔で私を見る。
「どうしたにゃ?」
私が首をかしげると、アリスちゃんは困惑した顔を向けてきた。
「ミルちゃんパパ(・・・・・・・)は……パパじゃないの?」
「あ」
私は思いっきり間の抜けた声を出してしまった。
そうだ。アリスちゃんは知らなかったのだった。私とクリフォードさんの本当の関係を。
お父さまが口を開く。
「ミルシェットは本当は――」
「待って!」
私は思わず、割って入って止めた。
「わたしがちゃんと説明します。言わないでくださいにゃ。二人でちょっと廊下で説明させてください」
私は許可を得る前にアリスちゃんの手を取り、てててと部屋を出る。
廊下の突き当たりの隅っこの物陰にアリスちゃんを引っ張り、二人でしゃがんで、ひそひそと話した。
「どういうことなの?ミルシェットちゃん」
「ごめん。話してなかったにゃ。……手短に言うと」
――契約で親子の振りをしていただけ。
その言葉が、喉から出てこない。
私は代わりに別の言葉でアリスちゃんに告げた。
「クリフォードパパは血の繋がらないパパにゃ」
なんだかちょっと頬が熱い。
照れるからあんまりはっきりと認めたくないけど、今はためらっている場合じゃない。
「わたし、色々あってケーラの街でひとりぼっちだったにゃ。それをクリフォードパパが助けてくれて。……パパも色々辛くて人生やり直したいってときだったから、一緒に親子になって人生やり直そうって約束して……一緒にいたにゃ」
一息に言って、私は頭を下げる。
「だからごめん、嘘ついてたにゃ……ごめん!」
「違うわ」
アリスちゃんはまっすぐ見つめて言った。
「それは親子だわ」
「アリスちゃん……」
「パパの本物と偽物とか、そんなのないわ。二人は親子として一緒だったんでしょう? なら、ミルちゃんとミルちゃんパパは親子よ。アリスのパパとママもそう言うわよ」
アリスちゃんはふふっと、はにかむように笑う。
「パパがいっぱいいるのも素敵だわ。アリスだってミルちゃんのお友達だしお姉さんだし」
なんという順応力。なんという理解力。
私は感動した、やっぱりアリスちゃんは主人公。
私はもごもごと話を続ける。
「でも、まだ本当の……じゃなくて、生みのお父さまとお母さまがどんな風に思ってるか分からないにゃ。二人はもしかしたら、わたしがそういう風に思ってるのは嫌かもしれないにゃ」
「だから場所を変えたのね」
「にゃ」
私は頷く。
「二人はクリフォードさん……パパのこと悪く言うかもしれないにゃ。攫われたとか。聖猫族の人たちはみんな、人間が悪いと思ってるから。でも信じてほしいにゃ、わたしとパパは本当は仲良しだって」
アリスちゃんは頷く。
「ええ。とにかくアリスも話を合わせればいいのね」
「にゃ」
私たちは手を繋いで部屋に戻った。
「待ってくれてありがとうございます」
私は二人に頭を下げる。二人は特に何も言わなかった。
最後の二人の時間だし、色々と配慮してくれたのかもしれない。
――そんな考えが甘かったのだと思い知らされたのは、次の瞬間だった。
アリスちゃんが席に着くと、おもむろに、お父さまがテーブルにカップを置く。
木製のつるりとしたカップに入っているのは、美しいポーションだ。
「人間にこの聖猫族の居場所を知らせる訳にはいかない。これを飲みなさい」
「これは……?」
アリスちゃんが一瞬ためらう。お父さまは告げた。
「ここにかかわる一切を忘れる霊薬だ。我々の暮らしを忘れてくれたほうが、今後はお互いに都合がいい」
「待ってくださいにゃ」
私は思わず口を挟んだ。
「忘れるってもしかして……」
答えたのはお母さまだ。
「もうこれからは会わないのだから、忘れた方がお互いのためよ。このニンゲンの子も、あなたと別れてさみしいという気持ちを持たなくて済むの。ね?」
そんな。嫌だ。
だって私はここにずっといるつもりなんてない。
でも、ここで私が反発したら、話がこじれてアリスちゃんに危害を加えられたら。
――その時。
「ごめんなさい、飲めません」
アリスちゃんがキッパリと言い、頭をさげた。
「誰にもいいません。だから飲みたくないです。アリス、ミルちゃんのこと忘れたくない」
その瞬間、両親の顔から優しさがサッと消えた。
まるでここから先は、権利があるまっとうな存在として扱わないと決めたように。
「いけないわ。ニンゲンは子供だろうが、いつどこで気持ちが変わるかわからない。ニンゲンはあなたに色々聞くでしょう、ニンゲンは恐ろしいの。私たちのミルシェットを攫ったたのよ。あなたも見たでしょう、この子が別の父親と暮らしているのを」
「ミルシェットと同じ子供に手荒なことはしたくなかったのだが」
お父さまが片手を上げると、どこからともなく黒いローブ姿の男の人たちがやってくる。
仮面をつけた不気味な姿にぞっとする。
そして彼らはアリスちゃんを捕まえようとした。
「やだ! やめて!」
私はアリスちゃんを庇う。
「お父さま! お母さま! アリスちゃんにひどいことしたら、嫌いになるにゃ!」
私が訴えても、お父さまは冷徹に命じた。
「許可する。娘をつまみ出せ」
南無三!
そのとき。
ひゅううううう……ドカン!
空から何者かが飛んでくる。屋根を突き破り、床に刺さる。
床に上半身をめり込ませ逆さに生えた足は、見覚えのあるトラウザーズを履いていた。
「パパ!」
「ミルちゃんパパ!」
私とアリスちゃんは口を揃える。
クリフォードさんが頭を引っこ抜いて、床に四つん這いではーっと息をつく。
「あああ、危なかったーっ! この里の上空の魔力濃度がめちゃくちゃすぎてさすがの私でも飛行魔術がうまくできませんでしたよもう!」
髪の毛サラサラで綺麗な姿なので、おそらく頭を突っ込んだ状態ですぐに治癒を施したのだろう。器用な人にゃ。
クリフォードさんが立ち上がり、私たちを見てキメ顔のウインクをする。
手にはアリスちゃんが落としたハンカチも持っている。
「無事でしたか、二人とも。皆のヒーローがやってきましたよ」
「一番ここで無事じゃないのはそのヒーローにゃ」
私が突っ込むと、クリフォードさんはふにゃっと笑う。
くすくすと笑うアリスちゃん。
急に、いつものノリが戻ってきた。
見ると、私の両親(生みの親のほう)は顔面蒼白だった。




