クリフォード視点
◇◇◇クリフォード視点
汗で濡れた黒髪が顔に張り付くのを、クリフォードは煩わしく払いのける。
「やっと見つけましたよ」
臨時休業中のカフェ。
テーブルを移動させて広く開けたフローリングの中央、クリフォードは立っていた。
フローリングには魔法陣が描かれ、魔法陣の円周に沿うように幾羽ものカラスや黒イヌの姿の精霊が揃っていた。
イフリートを出したりウンディーネを出したりしているので分かる通り、クリフォードは精霊魔術も得意だ。精霊魔術は通常の魔術と違い、意志を持つ精霊に判断を任せ自動運転状態にできるのが特徴だ。精霊を使役し、空と陸から一気に放射線状にミルシェットの姿を捜索した。最初は何の手がかりもなかったものの、ついに王都を挟んだ東の森、通称魔力樹海に居場所を見つけた。
強力な魔物が多く、不思議な魔力の磁場が人を惑わせる、王都のどの勢力下にもなく、時折S級ランクの冒険者が外縁部のみ調査を行う程度の未開の森だ。
精霊カラスがミルシェットらの魔力を捉え、そして川岸に流れ着いたハンカチから精霊イヌがアリスの匂いを確かめた。
そんな場所に、ミルシェットの生命力の残滓を見つけた。どうやらアリスも一緒だ。
失踪から十日もかかってしまった。
一度解析が成功すると早い。
クリフォードはその後、二人の居場所には百人規模の聖猫族が暮らしていると分析し、その後カフェにスレディバルの人々を招き、まずはアリスが無事であるを伝えた。
「彼女は元気にしています。生命反応が正常だということは丁重に扱われている証拠です。子供ならば、少しの不安もあれば生命反応が揺らぎますので」
「アリス……っ!」
アリスの母は泣き崩れる。彼女を支え、アリスの父はクリフォードを見据えた。
「旦那。あなたは一体、何者なんだ」
クリフォードを取り囲む人々の眼差しが、畏怖と困惑で染まっている。
こうなることは分かっていた。
普通の宮廷魔術師でもできない魔力探知が出来る謎の余所者。
探し出した安堵よりも、呑み込みにくい存在がそこにいることが気になるのは当然だ。
クリフォードはそこにいた老年男性を見て、モノクルを外す。
「大竜厄役のときはお世話になりました。この街が元気で何よりです」
「旦那……いや、あなたは……『凪』!?」
「よかったー、これで覚えてないって言われたら色々気まずいですからね。あっはっは」
人々がざわざわする。
そしてアリスの両親を見た。
「黙っていて申し訳ありません。ですが『凪』の名にかけて必ずアリスさんを助けます」
両親は言った。
「あなたもしんどいだろう」
「そうよ、だってミルシェットちゃんもいなくなって」
虚を突かれるが、クリフォードは笑って肩をすくめる。
「彼女は養女で血は繋がっていません、あなたがたと同じにしては申し訳が」
「嘘いわないで。旦那だってとってもかわいがっていたじゃないか」
「それ、は……」
クリフォードは思った。
自分を拾ってくれた老夫妻が、本当の親と同じくらいクリフォードは大切だった。
けれどどこか遠慮があったのだ。自分はあくまで温情で拾って貰ったのだと。
甘えすぎてはいけないと。だから少年時代も徴兵されたとき、笑顔で別れたのだ。
それが最後になるとも知らずに。
(あのときから、意図的に家族は作らないようにしていましたが……)
家族として未完成のまま、甘えきれないまま別れてしまった後悔。
強がっていても、体ばかりが大人になっても、心の奥に『凪』以前のただの少年時代の自分が残っている。奥底でずっとさみしさを感じていた。だからこそシトラス、そしてミルシェットとの関係でやり直し続けていた。
血が繋がっていなくとも、確かにそこに家族の情があるという関係を。
「そうですね。彼女は私の大切な娘です」
言葉にしてはっきりと思い知る。自分はミルシェットが心配でたまらないのだと。
平穏に逃げおおせるための契約親子でしかないなら、エリカに見つかった時点で全てを捨てて逃げていいのだ。けれどクリフォードはミルシェットとの未来を思った。
そしてスレディバルの人々の前で『凪』であることを明かしてしまった。
一番捨てたかった過去が、ただの殺戮の道具だった頃の自分と今の自分が紐付くことになったとしても。クリフォードは娘と、娘の親友を助けたかった。
アリスの父が言う。
「アリスはミルシェットちゃんが来てから本当に明るくなった。あの子がいてくれるおかげで、長女として肩肘を張っていた子が、子供らしく笑うことが増えたんだ。……どうか、二人揃って無事でありますように」
常連の老人も笑う。
「しっかし、あの『凪』のボウズが元気に生きててよかったよ。娘までできちゃってなあ」
他のスレディバルの人々が口々にクリフォードに声をかけた。
「早く全部終わらせて帰っておいでよ、あんたのコーヒーがないとつまらないのさ」
「そうだよあんた、『凪』のときみたいに、帰ってこないのはなしだよ?」
老人達がどっと笑う。
空気が一気に和やかになったところでラメル商会の姉弟が肩を叩く。
「何か装備や準備で必要なものはないかい? 旦那!」
「俺たちでやれることはやるっすよ」
「皆さん……」
スレディバルの人々の温かさが胸を打つ。
期待に応えて、ミルシェットを連れ戻して帰ってこなければ。
決意を新たにして、クリフォードはシトラスとシスターを見た。
「それでは行って参ります。後のことは」
シトラスに強引に肩を組み、シスターが軽く片手を挙げる。
「安心して♡ あたしとボウズがいればスレディバルは安心よ♡」
「やめろ。離せ」
シトラスが非常に嫌そうに腕を振り払い、ごほんと咳払いしてこちらを見た。
「本当は先生に同行したいのですが……」
「つれて行きませんよ。第三級の『嵐』は先方を警戒させすぎます」
クリフォードはシトラスにモノクルを渡す。
「これでこの地域一帯の結界は継続できます。任せましたよ」
モノクルをつけたことでシトラスが苦しそうな顔をするが、すぐに頷く。
「……やって見せます」
「アリスをよろしくお願いします!」
両親が深く頭を下げる。
「大丈夫ですよ、私が天才なのは皆様ご存じの通りです。ちゃちゃっとやってきますよ」
クリフォードは皆に挨拶し、一旦キッチンに引っ込む。
そしてミルシェット特製コモンポーションを懐にいれ、外に出て辺りをキョロキョロと見た。
カフェは高台に位置しているから、近くの景色は俯瞰でよく見える。
すぐにクリフォードが探している子供達の集団が目に留まった。
「あっ、ちょうどあそこにいますね」
軽やかな足取りでカフェがある高台を降りて川辺に向かい、シャボン玉遊びをしている子供達に話しかける。
「おーい! そこの子供達! お兄さんにちょーっとシャボン玉やらせてくれませんかねえ!」
楽しく遊んでいた子供達、そして子供達を見守っていた大人は――一斉に怪訝な顔をした。
「確か行方不明の猫ちゃんのお父さん……」
「なんでいきなりシャボン玉を……」
ひそひそと言われても構わず、クリフォードは全力の笑顔で子供の一人に目をつける。
成人男性というだけで何かと子供に警戒されやすい昨今なので、娘の友人といえど笑顔と人なつっこさは全力で演出する。
「げっ」
「げっではありませんよ、私はミルシェットのパパ、クリフォードお兄さんです。君が手に持っている棒はあれですね? 棒と棒の間に毛糸を張って、ドデカシャボン玉を作るあれ♪」
「う、うん……」
愛嬌作りが功を奏したらしく、子供は引きつった顔で頷いてくれる。
「シャボン液、特製のを作って差し上げますね♪ 一緒にお兄さんとみたこともない大きなシャボン玉作りましょう!」
クリフォードはそこにあった桶を見て、中のシャボン液にどばどばとポーションと、一緒に三潴術、風魔術、光魔術と、とにかくシャボンが長持ちして高速移動するための魔術を込める。
そして彼と二人で棒を持ち、シャボン液に毛糸を浸して――
「走りますよ! 少年!」
「は、はい……っ!」
二人で全力で走る。勿論体格差があるので、自然とクリフォードが中腰でかくかく動くような感じで。
毛糸の間から、ふわっと虹色に輝く巨大なシャボン玉が生み出される。
見ている子供達と大人が歓声を挙げた。
「すごい、すごいすごーい! おっきー!」
「あらまあ、凄いわ……!」
「どこまで大きくなるのかしら……」
しかし歓声も、そのシャボンが大きくなればなるほど困惑へと代わっていく。
「ぶ、不気味……蛇みたい……」
「えーん! ままこわいよー!」
「ぎゃー!!」
最終的にクリフォードが思いっきり転んでシャボン玉錬成は終了。
ふわふわと蛇のように長く浮遊するシャボン玉は、七色に輝きながら空に浮かび上がっていく。まったく割れない。それどころか意志を持つ蛇のように、うにょうにょと王都の方角へと消えていった
子供も大人も、河川敷の人々は皆呆然としている。
クリフォードは河川敷の砂まみれになりながら、遠くまで飛んで行くシャボン玉を見送った。
全力疾走の心地よい疲労感で、クリフォードはすがすがしいやる気に満ちていた。
「ミルシェットさん、パパが迎えに行きますからね、待っていてくださいね……!」
そんなクリフォードには、ひそひそと周りの人々が「あれが『凪』?」「かわいそうに……」と同情めいためいた眼差しを向けていることなど、気にすることではないのだった。




