お母さまの本当の気持ち
2巻発売されました!改稿がんばりました!よろしくお願いします!
その後、アリスちゃんとは無事に一緒に過ごせるようになった。
それはそうとして、そこから先にはまったく話が進まなかった。
「逃げる方法がまったくないにゃー」
わたし一人なら最悪なんとでも逃げるために挑戦できた。
けれどアリスちゃんと一緒に逃げられる自信はないし、私が失敗したらアリスちゃんがどんな扱いを受けるか分からない。そもそも再び大竜厄役を起こそうとしている聖猫族を放っておいて逃げるのは危険極まりなさすぎた。
とにかくできる限りの自由を得た状態で生き延びなくては。
私は表向き、とにかく皆のいいなりに良い子にして聖猫族に馴染むことにした。
クリフォードさんは天才パパだ。
私とアリスちゃんの居場所に気付いたら助けてくれると私は確信している。
けれどこの閉鎖された集落のどこから外に連絡を取る?
集落の子供達と遊ぶ許可が下りた私は、村の子供達と追いかけっこして外遊びしながら空を見上げる。カレンダーはないけれど夜が訪れた回数で、ここに連れて来られて既に一週間は経過しているのは分かる。意識を失っているあいだにどのくらいの日数が経ったのかはわからないけれど。
(木々の植生も違うし少し寒いし、ケーラやスレディバルから離れている可能性が高い。でもただ離れているだけなら、『凪』こと天才クリフォードさんなら見つけられているはず)
でも、見つけられていない。それはすなわち。
(ここは結界に守られている、しかも聖猫族の秘術で)
クリフォードさん曰く、私の密造ポーションは普通の魔術では説明できない、複雑な新種だと言われていた。通常の方法では探知出来ない方法で守られているのは想像に難くない。
どうやって守っているかは分からないけれど、とにかく外に連絡を取らなければ。
「外に……外に……にゃ……」
ぶつぶつ言っていると、細い水路の向こうから子供達の声がする。
「あっ、ミルシェットさまがいたー!」
「つかまえろー!」
「にゃにゃっ」
私は急いで駆け、水路をぴょんと飛び越えて住宅地を駆け抜ける。
そこでふと、洗濯物をかかえた女性達の姿が見えた。
――以前、シャボン玉を飛ばして遊んだのを思い出す。
「思いついたにゃ!」
あちこちに水路があるので水の確保は完璧。ここから私の作ったポーション液でものすごーく強いシャボン玉を飛ばし、空を通じてクリフォードさんに私の存在を示すことができれば、奇蹟が起きるかもしれない。
私はさっそくてちてちと駆け寄る。
「すみませーん! 石鹸を貸してもらいたいんですが」
揃いのローブを纏った女性達は、少し困ったように顔を見あわせる。
「せっけん……」
「ミルシェット様、この集落にはセッケンなるものはございません」
「にゃ!? じゃ、じゃあお洗濯の時、なにか汚れや匂いを落とるような道具って何を使うんですか?」
「普段の汚れでしたら洗濯所の川の水を使って洗います。落ちにくい汚れなどは灰汁やぬかを使いますよ」
「そ、そうなんですね」
そうだ、ここは自然派の世界なのだ。私は想定外の流れに焦る。
「泡を立てて汚れを取るとか、もこもこにするとか、そういうお洗濯はしませんか?」
ダメ元で尋ねてみると、意外にも二人はエプロンの裏のポケットの中に手を入れる。
「ああそれならこれを使いますよ」
彼女たちは親切に、私に布袋に入ったものを手に出して見せてくれる。
蝉の抜け殻を砕いたような色合いの何かがさらさらと出てきた。
「ムクロジの実です。汚れが落ちにくい場所は、これを泡立てて洗うんです」
「み、見せてください。……お手伝いさせてくださいにゃ!」
子供達が集まってくる。一緒に遊んでいたアリスちゃんもだ。
「助かります、ミルシェット様。みんなでお洗濯すれば早く終わりますもの」
子供たちは「えーお手伝い?」「やだー」と逃げようとする。
けれど女性たちはぴしゃっと叱る。
「こら。ミルシェット様のお世話をするのが仕事なら、あなたたちも一緒に来なさい」
「はーい」
「ちぇー」
私たちは川に行って、さっそくお手伝いすることになった。
洗濯物を持って、集落に近い川の下流の岩場へと向かう。梁が設置されていて、既に何人もの女性達が洗濯を行っていた。
「泡立て、やってみていいですか?」
「いいわよ」
冷たい水流に桶を浸して水を汲み、ムクロジの実の殻を入れて茶筅のような道具でしゃかしゃかと混ぜる。するとみるみる泡が立ってきた!
一緒に覗き込んでいたアリスちゃんが明るい顔になる。
「スレディバルで作ったシャボン玉の液と似てるわね」
「にゃ! お手伝い頑張って、これを使ってシャボン玉遊び出来るようにしたいんだにゃ」
「素敵!」
アリスちゃんが両手を叩く。攫われて以来見ていなかった、素直な笑顔だ。
「じゃあ私もお手伝いがんばるわね!」
「にゃ!」
一心不乱に洗濯をしながら、私は水流を眺める。
ぷつぷつと、炭酸水ほどではないが不思議な感じがする。岩場に揉まれて泡立つ波とは又違う違和感。洗濯物の汚れも普通の川の水より落ちやすい気がするし、石鹸が必要ないのも納得だ。
(魔石の山から流れる川水が聖水で、『禊ぎの滝』の儀式だけじゃなく日常生活でも使うんだ……うーん贅沢)
ある程度手伝いが終わったところで、私たちは「ここからは大人だけでやるから」と開放された。
「ありがとうございます。ミルシェット様のお陰で早く終わりました」
川の水を汲んだ桶とムクロジの実を少し分けて貰い、お礼を言って梁を出る。
川の石の上をひょいひょいと歩いて対岸に向かおうとすると、アリスちゃんがくらっとよろけた。
「アリスちゃん!」
思わず手を掴むが、私の力では助けられない。困った……と思っていると、アリスちゃんを受け止める人がいた。
「お母さま……!」
あれだけ『穢れ』を心配するお母さまなのに、アリスちゃんが倒れるのを受け止めてくれた。
「ありがとうございます」
アリスちゃんはこけたびっくりでドキドキした様子のまま深く頭を下げる。
私も隣でぺこっと頭をさげ、お礼を言った。
頭を上げると、お母さまは既に厳しい顔を作っていた。
「……気をつけなさい。洗濯場とはいえ、ニンゲンが清流に落ちれば『穢れ』るわ」
安全な川沿いの道まで戻り、私は改めて川岸を歩くお母さまの後ろ姿を見た。
「ミルちゃんママ、やさしいのね」
アリスちゃんがこそっと私に言う。
「うん……わたしも、そう思うにゃ」
言いながら私は考えていた。前世の世界でも、川で遊ぶ子供の水難事故は毎年起きていた。
この世界でもきっと、子供と川の水難事故は結びついているに違いない。
慣れた川ならいざ知らず、慣れない川は特に危ない。実際川遊びに慣れたアリスちゃんも転びそうになったのだ。
(もしかして洗い場に来た私を心配して、見守ってくれていたの……?)
お母さまは巫女だから、洗濯場でぼんやりしていることはないはずだ。
なんだか胸の奥がきゅっとなる。
聖猫族の集落は脱出したい。聖猫族の過激思想にもついて行けない。一緒には暮らせないだろう。でも。
(お母さま……)
私はほんの少し、この集落から離れがたいと思ってしまった。




