究極の選択
「ニンゲン達はそう言っているらしいな」
「だからねミルシェット。アリスをここで飼いたいのなら、里の飼いニンゲンにしてもいいの。だからあなたの意志を聞かせてちょうだい?」
お母さまの言葉に、お父さまが言葉を続ける。
「最期くらい家族で一緒に暮らさせてあげたいなら、それもまた尊重しよう。ミルシェットの望みを叶えよう」
――私の望みを叶える?
私は思わず立ち上がって訴えた。
「今すぐやめるにゃ! 大竜厄役なんてしてどうなるにゃ!」
「ニンゲンをそろそろ弱らせなければ聖猫族は絶滅するの」
お母さまはまっすぐ、私に言い聞かせるように断言する。お父さまが続きを言った。
「聖猫族はニンゲンと袂を分かって以来数百年、定期的に魔物の数を操作してニンゲン管理をしてきた。もう決まったことだ」
「ととととんでもないことを……分かってるんですか、お父さま! お母さま!」
「お前もネモリカのダンジョンでニンゲン社会を脅かしかけた魔物を討伐しただろう?」
「う」
「我々も好き好んでニンゲンに害をもたらしたい訳ではない。魔力が大量消費され、自然界の摂理が壊され続ければ聖猫族は巫女の血を維持できなくなり、霊薬作りも適わなくなる。弱く愛らしいこの姿をした我々が独立して生きて行くには、ニンゲンの力を削ぐ必要がある。分かってくれ」
言いたいことは耳に入るけれど、頭が理解を拒否する。
聖猫族が自然界の精霊に近い存在なら、人間は存在自体が大竜厄役的な存在だ。
ダンジョンは掘るし自然破壊するし、文明を発展させてどんどこ自然を克服していく。
魔術を使うことも、自然界の魔力をどんどこ無遠慮に消費しているのと同じだと言われればぐうの音も出ない。けれど。
「だからって人間を滅ぼしちゃだめにゃ……」
ぎゅっと拳を握る。
私は身の回りの大切な人々の人生を思い出していた。
私を大切にしてくれた家族代わりの人たちは、みんな大竜厄役時代に全てを失った。
ビッグボスもクリフォードさんも、シトラスさんも。
ビッグボスは娼館で生まれて裏社会で成り上がったけれど、大竜厄役がなければもっと幸福な場所で生まれたかもしれない。
シトラスさんは大竜厄役で壊滅したサイハテの人で、クリフォードさんに出会うまでの苦難は、言葉にすら出来ないことがたくさんあったみたいだ。
クリフォードさんも大竜厄役時代に全てを失い、暖かな養父母を得たのもつかの間、魔物討伐のために家庭から引き離され、少年時代の全てを魔物討伐に奪われた。
スレディバルの人たちも、冒険者のみなさんも、裏社会の怖い人たちも。
悪い人もいい人もみんな人生に、何かしらの暗い爪痕を残している大竜厄役。
たくさんの人々が悲しみ、怒り、苦しみ、終結から十年経った今でも爪痕は生々しくて。
――それを、……また、起こす?
私は深呼吸をする。ピンチこそ、落ち着くんだ。
(状況に呑まれちゃだめ。今、私は世界一冷静にならなきゃいけないんだ)
少しでも冷静になれるものを思い浮かべようとして、とっさに頭に浮かんだのはクリフォードさんの数々の年甲斐のない痴態だった。
泣きながら床を這いつくばるクリフォードさん。
いい年こいて天才だの美形だの自分で言いながらドヤ顔をするクリフォードさん。
シトラスさんがキャーキャー言われている横で、髪をサラッとかき上げたりキメ顔を作ってモデル歩きで給仕するクリフォードさん。あっさりと無視されているクリフォードさん。
(……あ、落ち着いてきた)
私は穏やかな気持ちで、改めて両親を見た。二人とも表情が固い。
「質問があります。……これは族長のお父さまと巫女のお母さま、二人のお気持ちなんですか? それとも、会議で決まったから?」
すかさず答えたのはお父さまだった。
「会議の決定の責任をとるのは私たちだ。だから私たちの気持ちでもある」
私はじっと二人を見つめた。一瞬、お母さまが目をそらして悲しげな顔になった。
(これは……両親の判断だけでは、ない)
思えば私とアリスちゃんを会わせるのにも会議の決定が必要だった。二人が聖猫族のトップであることは間違いないとしても、勝手な決定はできないのだろう。
(じゃあ、私がごねても意味はない。むしろ私たち親子の立場を危うくするだけだ。……むしろアリスちゃんをどうするのか選べるのも、二人が頑張ってくれた結果かもしれない)
私は背筋を伸ばし、二人に静かに頭を下げた。
「一晩考えさせてください」
今できることは、結論を先延ばしにして、考える時間を取ることだ。
「もちろんだ。ニンゲンにはこの話をするなよ」
「当然です」
ふたりはあっさりと了承してくれた。
私は両親と別れ、アリスちゃんの待つ部屋へと戻ることになった。
部屋ではアリスちゃんが待ちくたびれたのかすっかり眠っていた。
「ミルちゃん……」
不安そうにぬいぐるみを抱きしめて呟くアリスちゃん。
眠っている時しか弱音を吐けない、可愛いアリスちゃん。
私はアリスちゃんを、アリスちゃんよりもっと短い腕でぎゅっと抱きしめた。
まずは寝て、英気を養う。アリスちゃんを守るには私も休息が必要だ。




