聖猫族と、大竜厄役
「お時間です」
「いやにゃ。一緒がいいにゃ」
私がだだをこねたところで、部屋に新たな女性が入ってくる。
少し位が高いのだろう、お世話係の人たちが頭を下げて一歩退く。
「族長と巫女様からの許可が下りました。座学は二人で受けるようにとのことです」
「「座学……?」」
私とアリスちゃんはそろって首をかしげた。
――それから。
カーペットに座ったまま始まった座学で聞かされたのは、聖猫族の歴史だった。
私はそこで初めて、聖猫族の正式名称が古代コニャルド族と聞かされる。
(なるほどコボルトが元ネタ……)
コボルトは前世の世界では神話の登場人物で、ファンタジー創作においては獣人的な存在として扱われることが多かったが、古代コニャルド族とは『ねこポ』の世界でも聞いたことがない情報だった。
古代コニャルド族はこの世界が生まれた時から存在する、半分精霊で半分人間の種族。
神話というのはその語り手に都合良く改竄されるということを念頭に置きつつ話を聞くと、どうやらかつては魔物と精霊、人間という種族がはっきり分かれておらず、緩やかなグラデーションで繋がっていたのだという。その後の歴史で淘汰され、半分精霊半分人間の種族は聖猫族こと古代コニャルド族しかいないという。
彼らは古代コニャルド族は人間の上位互換の存在だと思っているらしく、座学の端々で「肉を食べる人間は良くないですにゃ」「自然が大事ですにゃ」「森を切り開き過度に開発する人間は悪にゃ」と、うっすら猫語が挟まりつつ、過激な自然派思想を訴えてきた。
アリスちゃんが一緒に居ていいと言ったのはなるほど、彼女に聖猫族の思想を聞かせるためだったのか。私は反省した。
しばらく続いた「人間良くない、古代コニャルド族は高潔で偉い」といった感じの座学を浴びた後、解放されてすぐ私はアリスちゃんに謝った。
「ごめんなさい、人間を悪く言うようなお話に付き合わせちゃって」
「ううん。きっと聖猫族のひとたちは、それだけ大変なことがあったから、人間が嫌になっちゃったのねって思っただけだわ」
アリスちゃんは眉を下げ、小さく微笑んだ。
「パパが言ってたの。お仕事をしていると、どんなに頑張っていてもお客様に怒られることがあるんだって。理由があるときもあれば、自分ではどうしようもできないことで、怒られることもあるって。そういうときは『怒っている人は、心の中では何かに泣いている』って考えなさいって言われたの」
「何かに……」
「さっきの話は怖かったわ。でも、聖猫族は悲しくて、たくさん泣いてきたのね。だから人間から離れて暮らすことを選んだのね」
「……アリスちゃん、大人だにゃあ」
「そんなことないわ」
きゅっと、アリスちゃんは私の手を握る。
「ミルちゃんがお友達だから、アリスはアリスでいられるの」
「アリスちゃん……!」
私はまた感動で泣きそうになったので、ぎゅーっとハグして気持ちを落ち着かせる。
アリスちゃんはやっぱり『ねこポ』の主人公だ。
こんな立派な考え方を実践できるのはすごい。
私たちはそれから「ずっと一緒に居たい」と一生懸命訴え、しばらくは一緒に過ごしていいと決まった。
「ニンゲンとの暮らしが長いから、愛玩としてニンゲンを与えるのも大切だろう」
お父さまはそう言ってアリスちゃんと一緒にいるのを許してくれた。
愛玩って……と思ったけど、よく考えたら外の世界では聖猫族が愛玩ペット扱いだった。
◇◇◇
夜。
アリスちゃんと交代でお風呂に入っている時に、私だけ別室に呼ばれた。
そこには両親が座っていた。
今までより真面目な顔をしている。
「明日、あの娘を故郷に帰してやるかどうかを決める」
「本当ですか? 是非帰してくださいにゃ明日じゃなくなんなら今すぐにでも」
前のめりになる私を、お父さまがどうどうと制止する。
お母さまが背筋を伸ばして切り出した。
「その件に関して、私たちはあなたの本心を聞きたいのよ」
「本心……?」
「本当にあの子のことを愛しているのは、よく伝わってきたわ。だからこそ聞きたいの」
お父さまが居住まいを正した。
「そろそろ本当の話をしよう」
私は空気が緊張するのを感じた。
重々しく、口を開いたのはお父さまだった。
「お前はニンゲンに攫われ、持て余されて捨てられたんだ。聖猫族の里にニンゲンが侵入し、お前が金になるからと攫われた。ニンゲンは三毛の雄猫を珍重するのだろう? お前が次期族長候補の一人だというのをニンゲンが『族長といえば雄だろう』と早合点し、三毛のお前を攫ったのだ」
「にゃ……」
私は絶句した。
やはり、あの丁寧に刺繍された産着は愛されていた証拠だったのだ。
「そしてお前が雌だと気付いたニンゲンは、高く売れないからと捨てた。それも歓楽街に。歓楽街ならばその後生死問わず消息がうやむやになると踏んだのだろう」
全ての辻褄が合うと思った。
事実、私は貴族に保護されることもないまま、いずれ裏社会から裏社会に売り飛ばされるために育てられた。
「お前もニンゲンの世界に暮らして嫌でも痛感しただろう。ニンゲンの汚さ、浅ましさを」
「私たち聖猫族の尊厳を思い出して。おかしいのよ、飼われたり、人間以下の扱いをされ続けるのが当たり前と思わないで」
「みい。でも……優しい人もいましたにゃ」
私は一生懸命訴える。
「アリスちゃんはもちろんとっても優しいお友達です。スレディバルのみなさんも、私を普通の子供と同じように扱ってくれたし……」
パパ、と言いそうになって口を押さえる。
なんとなくこの二人の前で、クリフォードさんをパパ扱いするのは藪蛇な気がする。
「私を庇って育ててくれた人たちもいるにゃ。だからこうして、二人に元気に会うことができたんですし……にゃ!」
私が訴えても、両親は顔を見あわせて「こりゃ駄目だ」と言わんばかりに首を振る。
「いい? よく聞いて。辛いかもしれないけれど現実を見て。あなたは洗脳されているの」
「せ、洗脳」
「目を覚ませミルシェット。聖猫族の誇りを取り戻せ。ニンゲンなどという、聖猫族を搾取する存在に従っていては、真なる聖猫族の反乱分子として扱われる」
「は、はんらんぶんし」
私は冷や汗が出た。
困惑する私に、二人は生暖かい眼差しを向けた。
「まあいい。今は理解できずとも、ゆっくり理解すればいい。我々もあのアリスというニンゲンはお前にとって大切な愛玩動物であると理解しよう」
人間が聖猫族を愛玩するのは怒るのに、聖猫族が人間を愛玩動物扱いするのはOKらしい。二重規範にゃ!(言えないけど)
お父さまはそのまま続ける。
「本題に入ろう。……心苦しい話だが。聖猫族の集落会議において、世界の魔力量を保つために十年ぶりにニンゲン管理を始めることが決まった。次期族長も巫女も決まらない状態の聖猫族はこのままでは不安定だと会議でな」
十年ぶり。ニンゲン管理。凄く嫌な予感がするキーワードだ。
私は恐る恐る挙手する。
「質問がありますにゃ。ニンゲン管理って、もしかして……大竜厄役のことにゃ?」
両親は静かに頷いた。




