おかあさまの本当の気持ち
翌日。食事は話しやすい向かい側くらいで行われた。
相変わらず食事の味はないけれど、一食のなかでどれだけ食べても見とがめられないと分かって以降、私はとにかくもりもりと食べることにした。お陰で今日は顔色が良く、お母さまが少しほっとした顔をしたのを感じた。
(私が元気がないと心配なのかな? そこまで穢れが怖いのかな)
食事の後はお母さまに『禊ぎの滝』なる場所に連れて行かれることになった。
「お外ですか!? やったー!」
ばんざーいと子供っぽくはしゃいで、お母さまに近づこうとすると、さらりと侍女さんたちに間を遮られる。甘えて可愛こぶる作戦失敗!
お母さまは遠くから私に命じる。
「外に出る時は外套を纏いなさい。あなたの『穢れ』が皆に伝染しないように」
「に"ゃ……」
私が着せられたのは皆と同じ、生成りで猫耳型のフードがついたマントだ。
あちこちに糸が踊るような刺繍が入れられていて、纏っていると思えないほど軽い。
なんだか体がしゃっきりした気がする。ちょっと不服だけど凄く着心地がいい。
ふいにお母さまが近づいてくる。マントを結ぶ紐を、侍女さんたちに任せず手ずからリボン結びにしてくれた。『穢れ』飛散防止の外套を纏ったからか、近づいてもオッケーになったのだろうか。硬い表情をしていたお母さまが、一瞬、目元に陰りを浮かべた。
「……これを着せてあげることができるなんてね」
「にゃ」
私が声を発するとすぐに母は口元を押さえて離れ、さっと先に行ってしまう。
結局手を繋いでくれたのは侍女さんだった。
(お母さまにはやっぱりばっちい扱いされてるにゃ。……でも)
気になるそぶりを見た気がするけれど、屋敷から出ることになりすぐに思考は霧散した。
屋敷の外は新緑の極彩色だった。
「にゃーっ……!」
空は青く、森の中に位置するらしい木造の三角屋根の家々は、窓辺を鮮やかな花で彩っている。遠くの木々も生活用水らしい小川もきらきらしていて美しい。スレディバルも風光明媚な町だけど、あちらはなんだかんだ物流の豊かな宿場町なのだと自覚させられる差異がある。
こちらは完全に村。生まれ育った人々だけが築いてきた歴史と未来が見えてくる村。
前世、徹夜仕事明けの朝、唐突に「自然に触れたい」と電車に飛び乗り、日帰りで行ける範囲の山に向かったことがある。着の身着のままスーツ姿で向かったので山にも登らず駅前を散歩しただけで終わったけれど、あの時は新緑と涼しい風が疲れた体に染みた。ちょっと泣けるにゃ。
族長の屋敷は集落の一番奥の高台にあるらしく、『禊ぎの滝』に行くまでの下り道は集落を突き抜けるように続いていた。
他の聖猫族の姿は見えないけれど、気配は感じる。『穢れ』るから表に出ないけれど、私に興味津々といったところなのだろう。
あちこちの集落の隅から、隠れきれない子供たちの頭がぴょこぴょこと覗いた。
(よかった。ここは少子化してるわけじゃないんだね)
滅亡に向かっていないようで一安心、と思いつつ黙々と歩き、私たちはついに『禊ぎの滝』にたどり着いた。集落から少し離れた、渓谷を流れる川の中にある滝だった。
「まずはそこで見ていなさい、ミルシェット」
命じるとお母さまは侍女の手を借りて裸足になって川岸に降り、スカートが濡れるのも構わず川へと入っていく。腰のあたりまで川に入り、滝壺で手を組んで祈りを捧げる。
しばらくしたところで来るように命じられた。川はぞくっとするほど冷たくて心地よい。
しびびびびと耳と尻尾の毛が逆立つのを感じる。
次の瞬間、私は侍女さんたちに両脇を抱えられ、滝に突っ込まれた。
「に"ゃ"―――――っ!!!!」
がぼがぼがぼ。まさに滝行。痛い冷たい痛い冷たい痛い冷たい痛い痛い痛い痛い!
しばらく滝に打たせて息継ぎに滝の外に出されて、再び滝に突っ込まれる。
それを何度か繰り返したあたりで、私は意識が飛んだ。
気がつけば私は川岸で誰かに暖かな布で拭かれて包まれていた。
ちょうど顔を胸元に押し当てられているので、誰が抱っこしてくれているのか見えない。
一気に冷やされたお陰か、肌を包む布も腕も暖かくて心地よい。
ゆらゆらと、赤子のように揺すられている気配がした。
「ごめんなさい、ミルシェット……」
静かに落ちてきた言葉は、まちがいなくお母さまの声。
あんなに『穢れ』を気にしていたお母さまが、私を抱っこしてくれているらしい。
その暖かさは、その声の切なさは。
なんだか前世の私まで、まるごと包み込んでくれるような優しさがあって。
(お母さまにも……いろいろ事情があるんだよね。私を捨てたことにも、迎えに来たことにも。『穢れた』ニンゲンを、異常に恐れることにも)
――真実を知らなくちゃ。行動しなくちゃ。
――アリスちゃんのためだけじゃなく、ミルシェットのためにも。
私は最終手段に出ることにした。




