スレディバルは食の宝庫にゃ……(とおいめ)
すごく余談なんですが、スレディバルの由来は「スレッド=糸」で糸島の糸、「バル=原」で前原の原でした。イメージは合馬とか守恒あたりなんですけどね。
生成りのテーブルクロスには鮮やかな糸で縁取るように刺繍が施されていた。
親というよりも兄と姉と言われた方が信じられると思うほど、二人の容姿は若かった。
母は三毛猫の髪を二つの長いお下げにして椅子の背に垂らしている。
顔は多分、私とうり二つだ。
父は白猫で耳の毛が長く、髪も銀髪というより白っぽい髪で、ふわふわのモヘアのような髪だ。
口ひげがあるからまだ大人の威厳があるけれど、全部剃ったら20歳にも見えないかもしれない。
凄く、凄く若い。
二人とも生成りの布地がたっぷりした服を着ていて、二人の服には毛並みと同じ色を用いた刺繍が施されていた。よく似合う。
唐突に。
前世失った優しかった両親の記憶がぶわっと蘇ってくる。
反射的に二人に抱きつきたくなった。ただいまって受け入れてほしかった。
(……だめにゃ! 今はまだ、私の事よりも、アリスちゃんにゃ!)
私はぎゅっと拳を握りしめ、二人に訴える。
「あの、わたし……一緒に連れてこられた女の子がいて」
喋ろうとする私に、お母さまはにこりと微笑み手のひらをこちらに向ける。
「お話は後にしましょう。ニンゲンの世界で摂取した穢れを取り除かないと危ないわ」
「え”」
父も頷く。
「外で汚いものばかり食べてきて辛かっただろう。我々に必要な自然の力を取り込む食事を用意してやるから、待っていなさい」
「は、はい……」
なんか様子が、様子がとても気になるのは何故だろうか。
すぐに先ほどの女性達が給仕に訪れ、生成りのテーブルクロスの上に食事が出される。
「いただきます」
二人が揃って手を合わせて言うので、私も慌てて一緒の所作を取る。
(ここのマナーは日本と同じなんだなあ)
カトラリーは木のスプーンにお箸という謎の組み合わせ。フォークやナイフは使わないらしい。
(ますます日本にゃ)
なんて思いながら、出された食事を見て私は息を吞む。
透明のスープ、茹でた葉物野菜、そしてつぶされたジャガイモの塊。素朴だ。
私は両親の食べ方を見習いながら、最初に水、そしてスープを口に運ぶ。
そして茹で野菜。じゃがいもの塊。
「…………」
味がない。まったく、まったく味が……ない!!!
塩気もなければ調味料の味もほとんどしない。
素材そのものの甘さや味を、咀嚼してじっくり噛みしめる味。
その素材も前世の農家の皆様が尽力して甘く美味しく品種改良された野菜とは違い、ものすごく……草だ。
――美味しくない。
私の脳内を、数多くの異世界転生のお約束が流星のように流れる。
(そうにゃ……普通なら、こういう世界観でスレディバルみたいな美味しい食事があるわけないにゃ……)
スレディバルはあまりに恵まれすぎていたのだ。
ラメル商会もいるし、宿場町だからいろんな食べ物があって、調理法が伝わっていて、近くにネモリカがあるから肉にも恵まれていて。
大竜厄役後の食糧危機に対応するために魔術師が色々魔術肥料を開発したともきいたことがある。もはや前世日本より美食暮らしをしていたくらいだ。
(家の中の作りといい……聖猫族は……いわゆる自然派の価値観なんだろうなあ)
品種改良や味付けなんてもってのほか!なのだろう。
ちらりと目の前の二人を見る。父と目が合い、じっと見つめられて尋ねられた。
「どうだ、ニンゲンの穢れた食事より染み渡るだろう」
「はい……素材の味がするにゃ」
「よかったわ。少しずつこちらの暮らしに馴染んで行きましょうね」
「一日一食。体に無理なく本来の聖猫族になっていけるようにするから」
(嫌だ! 絶対嫌だ!)
「いちにち……いっしょく……?」
私は呆然とする。はっとして、私は二人に訴えた。
「アリスちゃ……一緒に連れてこられた女の子はちゃんと三食食べてるにゃ? あの子は普通の人間の女の子にゃ、食べなきゃ大変にゃ、というか、彼女は」
「分かっているよ。あのニンゲンに害を与える気はない」
「あの子は無事なんですか、早く帰してあげないと」
「ミルシェット。まずは食べなさい」
ぴしゃりと言ったのはお母さまだ。
「……あなたの『穢れ』が恐ろしいの。早く……食べて穢れを払ってちょうだい」
「にゃ、にゃ……」
私は味のないスープに集中するふりをして思考する。
(落ち着いて私。私にとっては会いたかった両親でも、向こうにとって私は『穢れ』ている。向こうが警戒を解いてくれてからしか、話にならない)
向こうからすれば、ドブ川に落ちてドブ川で生活して、感染症にかかって抵抗力がついてピンピンしている子供を、無菌室状態の自宅に入れてくれているような感じなのだろう。『穢れ』と思われているのはやりにくいけど、二人とも少なくとも払えるものだと思ってくれている。
(アリスちゃんを助ける為にも、私が落ち着かないと……にゃ!)
落ち着いて状況を頭の中でまとめ、私は話を切り出した。
「最近スレディバルやネモリカの近くで見つかってた聖猫族は、噂だけじゃなかったにゃ?」
「そうだよ。同じ聖猫族の者たちと族長の私がお前を探していた。お前の毛を持ったニンゲンを見つけたから、確信をもち迎えに行ったのだ」
「……迎えに……」
私は言葉を反芻したのち、尋ねる。
「わざわざさらったのはどうしてにゃ? 普通に会いに来てくれなかったにゃ? アリスちゃんまで巻き込んで」
「人質だ。安全に里に帰るまで、ニンゲンの人質が必要だった。一人でもニンゲンならば、我々も聖猫族だと疑われないからな」
「……そんな……」
当たり前のように言うお父さまに、お腹の奥からもやもやとした怒りが湧いてきた。
アリスちゃんを巻き込んだ怒り。
そして――そこまでして、今更迎えに来たという事実への怒りだ。
「迎えに来るくらいなら……どうして、わたしを捨てたにゃ? 『穢れる』ようなところに」
「それは……」
途端に、落ち着いて返事をくれていた二人が黙り込む。
気まずいほどの静けさが、あたりを包む。
――捨てたわけじゃないとは、言わないのだ。二人は。
お母さまが小さく溜息をつく。お父さまが苦しげに伝えた。
「もう過去のことは考えなくていい。お前は聖猫族の里の子だ」
「あの……」
「考えなくていいの。……まだニンゲンの穢れが取れないのね、可哀想」
「ニンゲンの穢れが抜けたら、いずれ全てが分かるようになる」
質問に答える気が無いのだと気付いた。
(そうだ。娘だとしても、二人はまだ私の事を仲間だと思っていない。『ニンゲンの穢れ』がある私が何を言っても聞いてもらえないんだ)
同じ土俵に上げてもらえていない側が何を言っても、取り合ってもらえない。どすこーい!
「わかったにゃ。ただ、どうかアリスちゃんと会わせてほしいにゃ。それか、ちゃんとわたしが信頼出来る誰かを通じておうちに帰らせてあげてほしいにゃ」
「考えておこう」
食事の後、それだけを言われて私は退出を命じられた。
その後ずっと部屋に軟禁されたままだ。
「アリスちゃん……」
私は天井を見上げながらアリスちゃんを思った。
彼女は本当にただの幼い女の子。あの子に怖い思いは絶対させたくない。
スレディバルで待っているであろうご両親のもとに、早く帰してあげないと。
――ふと、クリフォードさんの顔が頭をよぎった。
「クリフォードさん、わたしのこと……心配してくれてるかなあ」
契約関係の私達。
家族としてうまくやっているつもりだけれど、実際離れてみて思うのは、彼にとって私は何なんだろうということだ。
「……考えてもしかたないにゃ。とにかくアリスちゃんをなんとかしなくちゃ」
ゲームの設定をなんとしてでも思い出さないと。
私はあたかもRPGゲームや脱出ゲームのように、部屋の隅々に置いてあるものをチェックし、触れ、匂いを嗅ぎ、とにかく情報を手に入れられないか尽力した。動けばはっと思い出すものもあるかもしれない。
しばらく動き回っていたけれど、だんだんお腹がすいてくる。
「うう……力が出ないにゃ……」
一旦休憩しようと、ベッドに大の字になる。
前世、接待で会ったとある社長が健康のために調味料一切なしの無添加高級野菜ばかりを食べている人で、食事の間じゅう添加物に入っている毒素がどうのという話を聞かされたことがある。
その時食べた野菜のほうがよっぽど美味しい。品種改良の結果日本の野菜は甘くて美味しいって噂はきいたことあったけど、まさかそれを転生後のまずいばさばさした食材で実感するとは思わなかった。
部屋には当然クズ魔石も材料になりそうなものもない。
「両親はポーション作れるのかな……」
おそらく作れるのだろう。作れるからこそ、魔石がどこにもないのだ。
この里ではクズ魔石もちゃんと価値があるものとして管理されている可能性が高い。
ならますます、起死回生のポーションを作る事もできない。
「あー寝るにゃ寝るにゃ。もう何もできないなら寝るにゃ」
私は無理矢理目を閉じて、お腹の空き具合を忘れるように努める。
しかし、どうしても意識がお腹の空きっぷりに支配されてしまう。
それに。
「……さすがにあの扱いは、しんどかったなあ……」
両親は確かに『穢れ』の世界に生きていた娘を丁重に扱おうとしてくれている。
二人にとって私はドブ川に落ちていたのを拾ったようなものなのだ。『穢れ』が払えるまでは普通の親子として、接してくれるのは難しいのも理解はできる。
理解は出来るけれど、さみしいものはさみしい。
それに、私の大切な親友、アリスちゃんに対する扱いにむかむかするのはまた別の話だ。
私を迎えてくれるのはまだ分かる。
でもついでにアリスちゃんまで攫わなくてもいいじゃないか。
『穢れ』の中にいる私を迎えに行く位の親の情があるようなのに、アリスちゃんのご両親のことは考えられないのか、モヤモヤする。
「だめにゃ。悪い気持ちに囚われてもしょうがないにゃ。今はわたしがアリスちゃんを助けないといけないんだから」
私はぺちっと頬を叩き、無理矢理目を閉じた。
考えるにも行動するにも、まずは体が資本だ。




