見知らぬ自然派な天井
――夢の中、私は空に浮かんでいた。
見下ろすのはどこかの世界で、確かに存在した世界線の一つ。
とある宿場町スレディバル。
両親を次々に失い、天涯孤独に生きるアリスちゃんに、一人の友達ができた。
その子はミルシェット。
旅の冒険者に連れられていた聖猫族の女の子で、ある街にいる怖い人たちから冒険者が買い取り、パーティの一員として一緒に暮らしているのだという。
冒険者は定期的にネモリカとスレディバルを訪れ、『ねこのねどこ亭』のアリスちゃんとミルシェットはすぐに仲良くなった。
冒険者はミルシェットにねこねこダンスを踊らせて路銀を稼いでいるときもあった。
アリスちゃんはそのダンスが、とても可愛くて幸せいっぱいで大好きだった。
しかしある日、アリスちゃんは秘密を知ってしまう。
ねこねこダンスで違法なポーションが作れる事を。
そして冒険者達はミルシェットにいつも限界までポーションを作らせていたことを。
仲良くなって一年も経たない頃、ミルシェットは冒険者と共に警邏騎士に捕らえられて去って行った。
数年後ミルシェットの死と聖猫族狩り、そしての彼らの滅亡を知ってアリスちゃんはショックを受けた。
アリスちゃんの元に残ったのは、換毛期に抜けたミルシェットの毛だけ。
どうしても捨てられず、ずっと持っていたのだ。
また数年後。
アリスちゃんはポーション師の資格を知ることになる。
聖猫族滅亡までの数年の間に、宮廷魔術局は聖猫族の毛を加工して作った魔道具を装着すれば、普通の人間もポーションが作れるようになると発表し、国家資格を立ち上げたのだ。
アリスちゃんは猛勉強し、手元に残った毛をフェルト状に加工して作った猫耳のカチューシャを作り、ミルシェットの行っていたポーション作りを再現できるように独学で努力した。
唯一の家族だった祖母を失った後、アリスちゃんはついに無事に国家資格を手に入れた。
アリスちゃんは誓う。
もう守られたり、何もできない子供でいたくない。
親友から受け取った形見と一緒に、身の回りの人を助け続けようと。
両親の死、祖母の死、二度と取り戻せない親友の不幸。
そんな悲しみを、せめて自分の手の届く範囲では繰り返さないために。
――『ねこポ』のアリスちゃんは、ずっとずっと、ミルシェットが大好きだった。
そんなアリスちゃんを隠れ住んだ聖猫族の生き残り、ミルシェットの両親が睨んでいる。
娘の形見を利用して、死してなお弄ぶニンゲン(・・・・)、許せない。
強く暗い怨嗟の闇が、アリスちゃんを背後から暗く、暗く、追い詰めていく。
スレディバル近郊の異常気象。植物の変化。ネモリカのダンジョンのスタンピード。
アリスちゃんがポーション作りで問題を解決していけばしていくほど、恨みがどんどん増していく。
(だめ、争わないで……)
私は空から手を伸ばす。どちらもさみしくて、どちらもつらくて。
どっちもミルシェットを思っている。
喧嘩するべき関係じゃないはずなのに――
◇◇◇
「はっ」
天井からつるされたモビールの、柔らかな影がゆらゆら、部屋の中に揺れる。
真っ白でひらひらでふかふかのベッドに、私は寝かされていた。
「なんか……悲しい夢を見てたきがするにゃ」
身を起こすと、全身から花のいい匂いがする。
ベッドは清潔そのもので、纏っている服も、草木染めの愛らしい色合いの糸で刺繍が施された可愛いらしいネグリジェだ。
「な、何にゃ……」
にぎにぎ。
手を握ると、手はしっとりとして保湿もしっかり。爪も磨かれてつやつや。
ほっぺを触ると極上のもちもち。
部屋はロッジハウスのような木造の綺麗な造りだ。
部屋の中は生成りと刺繍が美しいインテリアでまとめられていて、カントリーな感じ。
大きな窓から森の匂いがする風がそよぎ、生成りのカーテンがひらひらと揺れる。
窓の外は緑。森の中の家のようだ。
「ここは……どこにゃ? そうだ、アリスちゃんは!」
私はベッドから跳ね起き、部屋の中をあちこち探す。
「アリスちゃん! アリスちゃん! どこ!?」
どこにもアリスちゃんの姿はない。鳥の鳴き声と木々のざわめきだけが響く部屋が、途端に不気味に感じられてくる。
「ここは……一体……」
その時。私の騒いだ声が聞こえたのだろう、部屋に近づいてくる足音がする。
反射的に壁に背を預け、警戒の姿勢をとる。
扉がノックされ、入ってきたのは生成りのマントを身につけた小柄な灰色髪の女性達だった。20歳から30歳くらいのあいだの容姿。
身長はシトラスさんよりも小さい――155センチ程度か。
二人とも、頭の上から灰色の猫耳が生えている。生成りの服には毛並みと同色の刺繍がある。
「聖猫……族……にゃ?」
二人は静かに頭を下げる。
「お元気そうでなによりです、ミルシェットさん」
「食事のご用意ができました、お越しください」
「待ってください。一緒にいた女の子はどこですか」
私は訴えた。二人はまったく動じない。ぞくりとする。
「ニンゲンも無事です」
「食事の用意ができました。どうぞ」
「……人間の子は、食事はとってますか。ちゃんと元気にしてますか」
「そのお話も、また食事の席で」
二人は私が来るのをじっと待っている。
私は深呼吸をして、二人に近づいた。
アリスちゃんがどうなっているのかわからないから、落ち着かなければ。
私が大人しく従うと、二人は黙ってくるりと踵を返し、廊下の先を歩いて行く。
思ったよりも長く歩いたところで、ぱっと開けた部屋に出た。
そこは食堂だった。
そこに、二人の男女が座っている。
三毛猫の耳を持つ、茶色い瞳の女性と、白い猫の耳を持つ、緑の目の男性。
「そこに座りなさい、ミルシェット」
女性が私に声をかける。
目の前に現れたことで、私は夢の一部を思い出した。
夢で見た。
そしてソシャゲでも見ていた。そうだ、全ては思い出せないけれど――見ていた!
胸がいっぱいになる。
私は震える声で二人に尋ねた。
「もしかして、お父さまとお母さま……にゃ?」
女性はにこりと薄く微笑み男性に目を向ける。男性も静かに頷いた。
その仕草が、答えの全てだった。
胸の奥いっぱいに色んな思いが駆け巡る。
「さあいらっしゃい、食事を用意しているわ。お腹がすいたでしょう?」
「お、お母さま……」
お母さまは薄く微笑み、椅子を引いて場所を示してくれる。
「お父さま……」
私は二人に望まれるままに腰を下ろす。




