クリフォード視点その2
昼過ぎ。
警邏騎士団スレディバル派出所には人が詰めかけていた。
派出所の中には消えた二名――ミルシェットとアリスの家族関係者と最後に一緒だったイーグル。派出所の外には心配するスレディバルの住人達が溢れている。
テーブルには憔悴したイーグルが座っている。
彼が何度も繰り返した供述を、警邏騎士が繰り返す。
「アンソニーを探しに林に入った。子供と一緒に歩く移動速度で30分ほど歩いたところで、急に眠気が襲ってきた。そして気がつけば、道で行き倒れていた……と?」
「そうっす。嘘じゃねえっす。俺はお酒も飲まないし、酔いつぶれたとかでもねえっす。それに俺が見たのは、絶対幻覚とか見間違いじゃねえっす」
イーグルは泣きそうな顔で訴える。
「生成りの麻のマントを着て、フードを被った猫耳の人たちが目に入った途端、眠くなったんすよ。何か魔術をかけられて眠ったんすよ、間違いないっす」
周りは怪訝な顔をしている。
「う、嘘じゃねえっす……」
そんな彼に、真剣な顔を向けたのはファルカだ。
「イーグル。あれはどうなってる? 父さんが形見分けしてくれたアミュレットだよ」
「あ……」
ごそごそとシャツの中を探り、イーグルはペンダントを皆に差し出す。
魔石がはまった真鍮で出来た鷹のペンダントはぴかぴかだ。
ファルカの顔が険しくなる。
「魔術の攻撃を受けたなら、アミュレットの魔石は無事じゃ無いはずだ。割れてないってことは、あんたは魔術の攻撃を受けていない」
「そ、そんな……」
言いながら、ファルカは警邏騎士を見る。
「アタシは弟が無実だと信じてる。だがあんたらがどう思うかはそちらの判断だし、アタシはそれに従うよ」
「姉さん……!」
「ちゃんと捜査に協力しな。一番可哀想なのはアリスちゃんとミルシェットちゃんなんだ」
アリスの母親は憔悴した様子で赤子を抱いて座り込んでいる。父親は捜索に回っているらしく、この場にはいない。
クリフォードはシトラスと顔を見あわせ、頷き合う。出たのはシトラスだ。
「僕は宮廷魔術師の『嵐』。イーグル、あなたの証言を僕は信じるよ。おそらくあなたには魔術がかけられとる」
「でも、アミュレットは」
シトラスは、クリフォードしか気付かないほどの間を空け、そして一気に言葉にした。
「アミュレットを、よく見せて」
「あ……はいっす」
手のひらにのせて確認する。パチンと光がはじけ、人々はざわめく。
「やっぱ修復魔術の痕跡があるね。魔術で催眠をかけられたのち修復されたんよ」
「そんな……じゃあ、やっぱり魔術で眠らされて」
クリフォードが言う。
「最近、森の中で眠る人が増えていたようですが、それは全て魔術師の仕業だった可能性があります」
「相手が魔術師なら僕が足跡を追える。大丈夫、アリスちゃんは僕が必ず助けます」
シトラスはアリスの母親に微笑む。アリスの母親は泣きながら頭を下げた。
それから「魔術の影響がないように」と人払いをして、シトラスはクリフォードと林に入る。
クリフォードが魔術師だと知るファルカとイーグルは、祈る眼差しでこちらを見送った。
アンソニーと同行した男性複数名も、未だ林から戻ってきていないという。
林に入りながら、シトラスはクリフォードに尋ねる。
「案の定、アミュレットは壊れとらんかったですね」
クリフォードは頷く。
「現代魔術では認知できない魔術。……聖猫族が噛んでいるのは間違いありません」
アミュレットが壊れていない、だが不審な眠気でイーグルは倒れた。
イーグルは猫耳フードの人物を見た段階で、眠気に襲われた。
そこでとっさにシトラスとクリフォードは、イーグルが見たもの(・・・・)に対する注意を逸らした。
「おそらく聖猫族は、五感を利用して直接作用する魔術をかけます。クズ魔石と薬草と聖水の混合物を、ダンスに晒すことでポーションに変化させるように」
アミュレットが壊れないような謎の魔術を、聖猫族が繰り出した。
そんな事実に皆に気付かれてしまっては、ミルシェットの将来にかかわる。
だから二人はアミュレットが壊された後修復されたということにしたのだ。
林の中、イーグルが倒れていた地点まで無言で進む。
探知は『凪』のクリフォードのほうが得意だ。
クリフォードは背筋を伸ばし、足下に力を込めて、しっかりと立ち目を閉じる。
自分を世界と一体化させ、『探知』を作動させる。
瞬間、辺り一帯の全ての魔力と生命力を読み取る。
「ここから50メートルほど北、小屋の裏で男性が四名倒れています。上から枯れ葉がかけられています。そしてその3メートル上の小道に、アンソニーさんがいます。どうやら自分の足を傷つけて、眠らないようにしながら走って追いかけていたようですね。……軽傷ですが破傷風が心配です。すぐに手当てをしなければ」
クリフォードは目を閉じたまま蕩々と語る。
そして更に『探知』を続け、アリスとミルシェットの痕跡を追う。
鈴のような声で笑い、柔らかな手を繋ぎ合い、一緒に駆け回る幸福な二人の姿を思う。
どこにいる。やっと見つけた幸福は、どこにいる。
クリフォードはミルシェットを信頼しすぎていた。
ミルシェットならば自分の力で窮地を乗り越えられる。ミルシェットなら危険な目に遭うはずがない。過酷な環境で生き延びてきた、したたかで強いミルシェットなら、平気だと。
「先生、先生!」
気がつけばクリフォードは膝をついていた。
目を開くとめまいがして、どっと汗が噴き出す――魔力切れを起こしかけていると気付いてぞっとした。
この『凪』が。
――パパも古くなっちゃいますよ。年取って最強じゃなくなっても知らないんですから。
あの可愛らしく生意気な声が聞こえた気がした。
呆れた風に自分を諭した、愛娘の声が。
血相を変えたシトラスが、縋るように肩を揺すっていた。
「どうしたんですか、先生、ミルシェットとアリスちゃんは見つかったっちゃなかと、どうなんですか、ねえ」
「……二人はいません。私が『探知』できる距離から消えました」
空気がぐっと重くなる。
シトラスが絶句するのを、クリフォードは絶望的な思いで感じていた。




