クリフォード視点
一緒に暮らしていく中で、クリフォードは気付いていた。
ミルシェットにポーション作り以外の隠し事があることを。
時折、何かを予期して怯えているように感じた。
猫が人間には何もないように見える宙をじっと注視している姿を思い出す。
状況証拠からいくつかまとめられる。
彼女は何かの不安を常に警戒している。当初こそ己を利用していたビッグボスや逮捕に怯えているのだと思っていたが、ビッグボスのシスター化やエリカの懐柔を経ても彼女の警戒は解けない。
彼女は酷く、周りを幸せにしなければならないと思い込んでいる。
最初は幼さゆえの万能感由来の親切心かと思ったが、彼女は駆り立てられるように、自分がなんとかしなければならないと思い込んで行動する。『ねこのねどこ亭』を助け、ラメル商会を助け、シトラスやエリカ、ビッグボスまで救う。まるで何かの未来に怯えるように、自分の気付いた不幸は自分が助けねばと、まるで世界の主人公になったように。
それ以外にも奇妙な点はある。
彼女は経歴では知り得ないような知識がある。読み書きは勿論、元々計算ができていたし、新作メニューを思いつくときは、莫大な知識からアイデアを引っ張り出しているようにも見える。
――あれも聖猫族特有の能力が元だったら?
――その聖猫族特有の能力をもって、何か未来予知をして、不幸に備えているのでは?
聖猫族の噂が流れてから、彼女が物憂げにする日が増えているのは知っていた。
何がどうあれ、不確定要素の多い未来に怯える子供に引きずられる訳にはいかない。
こちらが同じ視座で見てしまえば、同じ混乱に巻き込まれるだけだ。
そう思い、クリフォードはあえてミルシェットの不安にそのまま寄り添わず、己は何も気付かないふりをしていた。
賢い娘だから、どうしてもの時は必ず懸念を共有してくれると信じていた。
だからこそ、祭りの夜も意図的に普通通りに振る舞っていたのだ。
むしろ情報を得るために町の交友関係に飛び込むことのほうが重要だとも。
本人が大して気にとめていない重要情報は、親しくなったところからぽろりと飛び出す雑談にこそあるものだ。
祭りの夜、クリフォードは町の飲んだくれに合わせて親交を深めた。
その中では意外なほど聖猫族の目撃情報がなく、みな聖猫族の噂は全て、ミルシェットが物珍しいだけの冒険者たちのほら話か、酔いの席の胡乱な話だと不思議なくらい断定していた。
「だって当然だろう、スレディバルの連中は誰も、旦那の娘ちゃん以外の聖猫族なんて見てやしないんだから」
クリフォードは酒をがぼがぼと飲まされては必死に胃袋で浄化しながら(なぜならば下戸なのはマジなのだ)、彼らの発言に不自然さを感じた。
彼らの言葉には妙な確証があるのだ。
――好奇心旺盛な宿場町スレディバルの住人のことだ。
おそらく噂が流れてからすぐ、クリフォードの預かり知らぬところで聖猫族を探した人間がいるのだろう、多分複数人。
だがどこをどう探してもいなかった。通りすがりの冒険者にとっては見知らぬ山林だとしても地元住民にとっては目を閉じても歩ける見知った場所だ。そこを調べてまったく痕跡が見当たらなかったなら、聖猫族なんて他にいないと確証を持って断言できるだろう。
(今回はミルシェットさんの疑心暗鬼で終わるかもしれませんね)
噂は噂だったと彼女に早く伝えてやらねば。
賢くてしっかりした娘とはいえ、不安げな様子を見るとやはり心配なのだ。
そう思いつつこっそり手元のグラスに作った聖水の炭酸を飲んで胃を労っていると、誰かの笑い声が耳に飛び込んできた。
「聖猫族探しすぎて疲れて、最近は山で休憩しようとしたらうっかり眠りこけるやつもいるくらいだからな」
「そうそう。俺もこないだいきなり眠くなっちまって」
「馬鹿野郎、ちゃんとパンでもちぎって持って行けって。ガキでもやる対策だろ」
「それくらいしてらあ、でもいきなり眠くなるんだよな。まあしゃあねえだろ最近あったかくなってきたから」
「木漏れ日気持ちいいもんなー」
何気ない会話だった。
それでもそこにあげられているのは、間違いなく日常の違和感の話だった。
(妙ですね。日常的に入る山で寝過ぎてしまう話が、いくつも……?)
聖猫族の話よりも気になる話だ。睡眠魔術を使う野盗が下準備をしている可能性がある。
(明日、アンソニーさんに相談しておきましょう。何か対策を取れるなら、私も魔術をかけてさしあげないと)
全てはこの穏やかな日々を守るためだ。
当たり前のように町に溶け込んで、家庭を作って、戦いとも死とも無縁の生活。
何より、「ただいま」と「おかえり」を言い合える相手が待っている、この暮らし。
娘が安心してただの猫として暮らせるようにするのは、父としての幸せな責任だ。
深夜に帰った時も、カフェに張り巡らせた防御結界は完璧だった。
居住する二階に足音を立てずに上がると、客間からはシトラスの気配、ミルシェットの部屋からは娘の気配が感じられる。二人とも無事に穏やかな夜を過ごしているらしくてほっとする。浄化しきれなかったアルコールの気配に頭がガンガンするのは自分がなんとかするしかない。
「疲れましたね。寝ましょう。……うう、明日起きられますかね……」
部屋にふらふらと入っていく。そのままクリフォードはすっかり寝入った。
だから朝、シトラスにたたき起こされた時はぞっとした。
「ミルシェットが消えました! 朝からアンソニーさんを探しに行ったまま、アリスちゃんと一緒に」




