「やっと見つけたわ、ミルシェット」
(……何か忘れてるイベントないかなあ。そういえば私、最後はふらふらだったから何のイベント走ってたか思い出せないんだよね……)
寝不足続きとエナドリドーピング、過労が続くなか先輩に呼び出され、足を滑らせて死んじゃったのはわかる。でも、そこまで疲れている時でも私は必ず『ねこポ』をプレイしていた。最低ログインと、イベント周回くらいは。でも、最後にやっていたイベントを思い出せない。
(こんな風に、聖猫族が来たイベントが絶対あったと思うんだよなあ……覚えてないけど。でもここまで起きたできごと、媚薬チョコレートまでしっかりイベント内に出てきたアイテムだったりしたし、アリスちゃんの親友の種族が出るイベントなんて絶対『ねこポ』でもあったと思うんだけど……)
私の知る聖猫族の知識は、アリスちゃんの亡き友人として設定の時点で既に死んでいた私という存在のことだけ。思えば『ねこポ』の世界では既に絶滅していたのだから(かなしい)それ以上の情報があるわけがないのだ。
(うーん、じゃあ聖猫族対策も先に取れないってことで……考えても無駄かな、やっぱり)
――私たちは信じ切っていたのだ。
朝になれば無事に帰宅したアンソニーさんが、笑って夜の結果を教えてくれるものだと。
◇◇◇
「アンソニーさんが、帰ってない……?」
翌朝早くに、アンソニーさんの家に向かった私たちは衝撃的なことを聞かされた。
ご両親は心配しているものの、そこまでといった感じだ。
「アンソニーは数人の警邏騎士や男たちと行ったようだが、皆帰ってないようだからの。まあまだ朝だし、昼過ぎには帰ってくるだろう」
「誰かの家に行って酒盛りしたのかもしれないしね」
私が手土産に持ってきた『かささぎパン屋』のパンを受け取りつつ、ご両親はおっとりと答えた。ひどくは心配していないようで、それは安心ではあるのだけれど。
アンソニーさんの家を出て、朝のすがすがしい風を浴びながら私はアリスちゃんを見る。
「どうしよう。他の人の家、行ってみる?」
「……もう明るいし、ちょっと林に行ってみない?」
アリスちゃんは本気の目をしている。
「で、でもアリスちゃん。大人がいないのに行くのは危ないにゃ」
「平気よ。山菜採りに行ったこと、アリスもあるもの」
ずんずんと林に向かおうとするアリスちゃん。好奇心とアンソニーさんへの心配が、彼女を突き動かしている。
なんとかしなくちゃ。でもアリスちゃんの宿屋さんは朝忙しいし、カフェまで戻る時間もない。
(だれかー! 大人の人ー!)
そう思っていると、鼻歌交じりに朝の町をスキップして歩くイーグルさんの姿が見えた。
「あっイーグルさん! ちょうどよかった、つきあってにゃ!」
状況を説明すると、イーグルさんは引き受けてくれた。
「俺でも引率がいないよりはマシっしょ。その代わり、深いところまで行かずにすぐ戻るっすよ?」
「ありがとう、イーグルさん!」
私たちは林へと向かう。いつもの広場と横に隣接した教会、その間の小道を入っていく。道は雑草も抜かれて踏み固められ綺麗に整えられていた。
そんなに気負わず入れそうだと、私はひとまず安心する。
木々に囲まれてしっとりとしたゆるやかな傾斜道を歩きながら、アリスちゃんは声を張り上げる。
「アンソニーさーん! いるならおへんじしてーっ」
「アンソニーさーん、どこにゃー!」
返事はない。
そのまま林を歩く散歩のようになりつつ、私たちは明るい小道を進んでいく。
「そろそろ陽も昇ってきたし、一旦戻った方がいいっすよ」
イーグルさんが言った。
アリスちゃんはどうにも納得がいかない様子だったが、私もイーグルさんと同意見だ。
「アリスちゃん、町に戻ってもアンソニーさんが帰ってなかったら、まずは警邏騎士さんたちに言いに行こうよ」
「そうね……今アリスたちも迷ったりしたら、いけないものね」
アリスちゃんは不安そうにしながらも、思い直してくれた。私はほっとする。
「そうと決まったら戻ろっか。ねえイーグルさん……」
イーグルさんの顔を見て、私はぎくりとする。
イーグルさんが立ったまま、どこか遠くを見て呆然と立っているのだ。
目が虚ろで、明らかに危ない。
「イーグルさん!?」
どさり。
イーグルさんがそのまま倒れ込む。私はとっさに膝で頭を受け止め、痛いけどなんとかイーグルさんが頭をうつのを回避する。
「きゃああああ!」
アリスちゃんが悲鳴をあげた。
私はイーグルさんを見た。イーグルさんは気を失っているというより……
「眠ってる……?」
「どうしましょう、うそ、イーグルさん、どうしよう、ミルちゃん、ああ」
「落ち着いてにゃ! 深呼吸して、目を閉じて、大丈夫だから」
「ええ」
イーグルさんを膝枕したまま、私はなんとかアリスちゃんを抱きしめ背中を撫でる。
パニックを起こしちゃだめだ。冷静に。
だってここはいつも過ごし慣れたスレディバルなのだから。
――そこで、ぞわっとした感覚が走る。
ふと見ると、アリスちゃんが私の胸から頭を上げ、私の肩越しに何かを見ていた。
「……あれは……」
次の瞬間。アリスちゃんもぐったりと眠ってしまう。
私は後ろを振り返るのが怖かった。
ざ、ざ、ざ、ざ。
複数の足音が近づいてくる。
アリスちゃんとイーグルさん、二人の体重がかかってしまって、私は逃げられない。恐怖で後ろも振り返れない。
(なんとかしなくちゃ。なんとか、なんとか……)
次の瞬間。
私の頭の上を、ふわっと何かが優しく撫でた。手だ。
「やっと見つけたわ、ミルシェット」
「え」
私は反射的に頭を上げる。
そこにいたのは、小柄な大人の女性。被ったフードで陰になっていて、顔はよく見えない。しかしフードの上は、こんもりと二つの大きな猫耳の形に尖っていて。
影の中、大きな瞳がぎらりと輝く。
その瞳の輝きは、まさに昨晩、林の中で見た輝きそのままだった。




