謎の光
私がふと違和感に気付いたのは、視線を上げたときだった。
花火の光以外の光が、教会の裏の闇に浮かんでいる。
教会の裏は林だったはずだ。花火の光が反射しているように、鈍い輝きがちらちらと見える。季節柄ホタルかとも思ったけれど、ホタルじゃない。ホタルが出るなら川辺で、あそこに水辺はないはず。
「……あっちでも花火してるの?」
「え? ……あら? たしかにぴかぴかしてるわね」
私たちが目をこらしているうちに、子供達の花火が火をつけた順に時計回りに消えていく。私とアリスちゃんの手元の花火も消えた。
それでも、林の中ではまだ鈍い光が続いている。
不気味だ。よく目をこらして――私はゾクッとした。
「あれ、目じゃない……?」
「目!?」
アリスちゃんが驚いた顔をする。
「どうしたんだい、二人とも」
聖職者姿のアンソニーさんが近づいてくる。私たちはその服の裾を引っ張って訴えた。
「あそこに目がいっぱい見えたにゃ! だれかいるにゃ」
「私たちのほう、じーっと見ていたの。盗賊かもしれないわ」
アンソニーさんは私たちの言葉に一瞬身をこわばらせたけれど、すぐにふにゃっと笑って頭を撫でてくれる。
「盗賊なんてことはないさ。だって人間の目は光らないからね」
「あ、そっか。そうよね」
アリスちゃんがはっとする。
「でもこの間のネモリカのスタンピードから逃げ出したモンスターかもしれないし、はたまた獣かもしれない。ちょっと俺たちで見てくるよ」
「夜だから気をつけてにゃ」
「ああ。怪しいものを教えてくれてありがとう」
アンソニーさんが去って行く。
その後私たちは大人が集まる場所に向かう。そこでは櫓の周りでぐるぐるとダンスが成されている。どう見ても盆踊りだけど、夜の夏至祭りに見えなくもない。ソシャゲ特有の日本国内のイベントとゲーム内イベントの整合性を取ろうとして珍妙な奇祭が生まれている状態だ。
クリフォードさんとシトラスさん含め、商工ギルド関係の大人達が同じ休憩席に集まって、皆で肉を食べたりお酒を飲んだりしている。もちろん、アリスちゃんのパパママもそこにいた。
そこで私たちも一緒にご飯を食べる。
なんだか盆踊りのような状態なので、私は縁日の屋台のようなお菓子を出したくなる。
それを口に出すと、シトラスさんが興味深そうに身を乗り出した。
「どんなお菓子にするの?」
「そうですにゃ、わたしが思いつくものといえば……こう」
ふと、私の頭の中に祭りのチョコバナナが浮かんだ。でもよく考えたらこの世界のチョコはコーヒーリキュールとあんこを煮詰めて作った媚薬だった。んなもんチョコバナナにかぶせられない。ちょっとした事件過ぎる。
「なんでもないにゃ。あ、そうそう! わたあめ! わたあめならできるにゃ!」
「なにそれ?」
「熱したお砂糖を超高速でぶわわわわって回して、その中に棒を突っ込んでぐるぐるしたら、ふわふわの飴ができるお菓子にゃ。シトラスさんの力を借りたら作れそう」
「たしかに。美味しそうだし可愛いね。飴細工に使うお砂糖でもできるかな?」
「試してみる価値はあるにゃ」
ふと、クリフォードさんが話に加わっていないのに気付く。
見るとクリフォードさんは私たちを見てにこにこと笑っていた。
「どうしたんですか」
「いえ。幸せだなと思いまして」
薄く微笑む。
「こういう風に、町の祭りに溶け込んで、家族がわいわいしているのをそばで見ているような普通の人生が私にあるのだなあとしみじみしていたんですよ」
「珍しく感傷的ですね」
「それはミルシェットさんも同じでしょう? 最近じーっと私をみたりして」
バレていたらしい。クリフォードさんがクスッと笑う。
そんな私たちを見て、シトラスさんも眉を下げた。
「僕も驚いてます。ずっと僕の未来は復讐で塗りつぶされていると思ってたから。……たまに、本当にたまに、復讐のぐつぐつした怒りが和らぐときがあるんです。こうして美味しいもの食べて、笑い合ってるときとかに」
「シトラスさん……」
「先生もミルシェットも、今後ともよろしくお願いします」
「わたしもにゃ!」
私とシトラスさんは、ジュースが入ったグラスをかち合わせて笑う。
「待ってください、私も乾杯を、乾杯を……あれ、私のグラスは」
クリフォードさんがキョロキョロする。そこに常連のおじいちゃんがやってきた。
「ほらほらほら! そこにおったかカフェの旦那! こっちに来て一緒に吞むぞ!」
「ええっ、私それが実は下戸でして」
「下戸ならジュースでもなんでもいいから、ほら吞むぞ来い!」
「ぎゃああ」
クリフォードさんが思いっきりおじいさんたちに引っ張って連れて行かれる。田舎のおじいちゃんたちは大抵酒豪なのだ。体が強くないとそもそも生きてないというやつだ。
「クリフォードさん下戸なんですか?」
「下戸だけど、浄化スキル持ってるから酔う前に必死で胃の中で浄化スキル発動しまくるんじゃないかなあ」
「た、たいへんだ……」
前世は私も付き合いで飲まされていた類いの人間なので、ああいう場を見るとウッとなってしまう。
「シトラスさん、少し早く帰りましょ。先にお腹に優しいリゾットとかお風呂とか用意してあげたいにゃ」
「賛成。僕もそろそろ戻らないと明日がね」
ちょうど周りも、子供が保護者と帰り、その後は飲んべえたちの二次会になる様相だった。道すがらまた、アリスちゃん一家と合流する。
「楽しかったわね、ミルちゃん」
「うん!」
そうやって話しているとふと、アリスちゃんが私をじっと見つめてくる。
「知らなかったわ。ミルちゃんって人間みたいだけど、おめめは猫さんなのね」
「み?」
「だって光ってるんだもの。ぴかぴかして、まるで」
私は青ざめた。そしてアリスちゃんも続いて青ざめる。
「二人ともどうしたん?」
聞いてくるシトラスさんに、先ほど林で見た光景を伝える。
さっとシトラスさんが林を見た。そこには今は、ただの暗闇が広がっている。
ゴクリと唾を飲み、私たちは顔を見合わせる。
「もしかして」
「聖猫族さんが……いたの!?」
「い、いやでも獣の可能性が高いし」
シトラスさんが悔しげに髪をかきあげる。
「悔しいな。さすがに今の時間、あそこに入る気にはなれない。土地勘のない夜の林に入るだけでも危ない上に、獣やモンスターだったら迂闘に魔力で刺激して荒らしかねない。そもそも、もし聖猫族だったら……」
「だったら?」
「わかるやろ」
シトラスさんと視線が交差する。
――私でさえ、宮廷魔術局が関知しない密造ポーションを作る力を持つ。
――本物の『野良の』聖猫族がいるのなら、相手がどんな力を持つのか分からない。
気になる。でも、夜だからどうしようもない。
アリスちゃんは気になって仕方ない様子で、興奮混じりに言った。
「決めたわ。ミルちゃん明日は、朝になったらすぐにアンソニーさんに会いに行くわよ」
「朝の先生の世話は僕に任せて」
「シトラスさんありがとう! じゃあまた明日の朝にゃ、アリスちゃん!」
私たちは約束をして手を振って別れた。




