せくしーウエイトレスとアリスちゃん
ねこねこカフェにクリフォードさんがいない日、というのが生まれるようになった。
特別講師として宮廷魔術局で講義をする日ができたからだ。
クリフォードさんは最初こそビクビクしながら宮廷魔術局に向かっていたが、特別講師としての授業は実戦形式で、クリフォードさんが必要だと思う講義ができるようになったので、日を追うごとに表情が真剣なものになっていった。
先生として後続を鍛えること、そのものはやっぱり好きなのだ。
あのぎゃあぎゃあとうるさいパパが傍にいないのは、ちょっと物足りないかなと思うことはあるけれど。私は私で、やるべきことがあるのだ。
「はあい♡ 特製フレッシュジュースお待ちどーさま♡」
店内に甘ったるい声が響く。
ホールにいるのはむちむちウエイトレスさんなシスター。うっとりと目を奪われるお客さんにウインク一つを残し、シスターは腰をくねらせキッチンへと戻る。くねくねしているようで体幹がしっかりした歩き方なのはさすが冒険者。
「違う店みたいになるからやめてくれん?」
カウンターの中で呆れた風に言うのはシトラスさん。シトラスさんは盛り付けが凄く上手で、クリフォードさんがポイポイ買ってきては肥やしにしていた様々な器を上手に活かした盛り付けをする。
今シスターにカウンターで渡した次のモーニングセットも、トーストと小倉あんの盛り方が、お皿に描かれた花柄を活かした盛り方になっている。
「お上手ですにゃあ」
素直な気持ちを伝えると、シトラスさんははにかむ。
「魔術師は美的センスも必要やけね。得意な人が多いんよ」
「へーっ」
クリフォードさんがいない日は、シトラスさんとシスターが店に入ってくれている。
元々シトラスさんは不定期バイトだったけど、シスターに対してもギルドを通した正式依頼だ。ラメル商会にお願いして用意してもらったセクシーかつ健康的なウエイトレス服で、シスターは元気に仕事を手伝ってくれている。
「ほんと、可愛い服着るの全力で楽しんでますよねシスター」
「似合うだろ? 娼館でも連中のドレス選ぶの楽しかったしな。せっかく美女になったんだ、楽しまねえとな」
うっふん、と可愛いポーズを見せるシスター。別に内面が女性って訳じゃないのに、可愛いセクシーなお姉さんの着ぐるみを着るのが上手だ。前世の世界だとVTuberになってそう。
そして可愛い服が好きだというのも本当なのだろう。だって娼館時代の私のふりふりの可愛い服、選んでくれていたのはシスターになる前のビッグボスだったし。
「そういえばあのお姉さんとは順調なんですか?」
「エリカか? そりゃあ順調だぜ? こないだこの恰好で迫ってやったら喜んでたぜ」
「聞きたくない情報過ぎるにゃ」
そんな雑談を挟みつつカフェの仕事をのんびりとすませ、あっというまにランチタイム終了の昼下がり。
カランカランとドアベルを鳴らしてやってきたのは。
「アリスちゃん!」
「えへへ、遊びにきちゃった」
「ちょうど会いたかったところにゃ~!」
私とアリスちゃんはぎゅーっとハグでご挨拶。
アリスちゃんはふと、私の後ろにいるシスターを見た。
「あ、いつもうちに泊まってくれてるお姉さん! その服初めて見たわ、すてきね」
「あらん♡ 見る目あるわねあなた」
ウインクを投げるシスター。アリスちゃんは私とシスターを交互に見つめ、首を傾ける。
「ミルちゃん、その人がもしかして……ママ?」
「ぜぜぜ絶対嫌にゃ! 違うにゃ!」
ママではない、さすがに!
「そうそう、あのねミルちゃん。話したいことがあるの」
「み?」
アリスちゃんを席に案内する。
シトラスさんが「一緒に食べり」とまかないのパンの耳のハニートーストと、ホットミルクを出してくれた。
「ありがとう。いただきます」
アリスちゃんは礼儀正しくお礼を言ったのち、まずは一口ホットミルクで口を湿らせ、話を切り出した。
「やっぱり……聖猫族のひと、周りに来てると思うの」
「にゃ」
アリスちゃんは真剣に、彼女が聞いた話を私に聞かせた。
傍で、シスターとシトラスさんもそれとなく耳を傾けているようだ。
アリスちゃんの話としては、ついに聖猫族の目撃情報に貴族が動き出したということ。
「ミルちゃんを探しに来てるのかもしれないわ。だって、聖猫族を見たことなんて、スレディバルの長老も、神官さまも、うちのおばあちゃんもないんだもの」
「そう言われると、なんとなくそんな気がしてくるにゃあ……」
私はハニートーストを咀嚼しながら考える。
状況としてはまさにそんなところだろう。
(もしかして、ミルシェットの本当のパパとママ、だったりして……)
反射的にそんな考えがよぎる。
私の産着に、ミルシェットの名前を刺繍してくれた誰か。
私を、探しに来てくれたのだろうか。
幼い頃からずっと大事にしていた、唯一の私のルーツの手がかりは、今も私の自室にこっそり保管している。いつか何かの手がかりになるようにと、ビッグボスの元から追い出されてからも、汚い産着一枚だけは、決して奪われないようにしてきた。
子供を捨てるのは、残念ながらこの世界ではよくある話だ。
すぐに拾って貰って育てて貰えたのだから、不幸な物語としてすら扱われない。
前世の記憶を思い出した私にとっては、ほんの少し第三者視点から俯瞰で見られる不幸な過去だけど。『ミルシェット』としては当然、人生の重大な事件で。
生みの親は確かにこの世界にいて。
何らかの事情で捨てて、それでもミルシェットという名前は与えてくれて。
飲み込むのを忘れてずっともぐもぐしていた、ハニートーストをごっくんと飲む。
何もない仔猫だったなら、生みの親が近くにいるかもしれないというのは素直に嬉しかったと思う。
でも衣食住にお友達、やりがいある仕事までそろった状況だからこそ、複雑な気持ちだ。
(もし出会ったら、私は実の両親を、パパとママって呼ぶことになるのかな……)
頭の中に、クリフォードさんの姿が浮かぶ。
最初に出会った時、私の目を見て、手を握って、家族になろうと提案してくれたあの日の姿が。
今目の前にいないぶん、その思い出は想像以上に感傷的なものとして思い出された。
「ミルちゃん?」
「にゃっ」
私ははっとしてアリスちゃんを見る。アリスちゃんの紫色の瞳が不安で揺れている。
小さな両手でカップを持つ姿は、一生懸命、話を切り出す勇気を出しているようだった。
「あのね。ミルちゃん。……お友達が来ても、アリスと友達でいてね?」
「アリスちゃん……」
「心配で、胸がざわざわするの。なんだかミルちゃんが聖猫族の人と会ったら、遠くに行ってしまいそうな気がして……アリスはただの人間だし、だって……」
「そんなことないにゃ!」
私は立ち上がり、テーブルを挟んでぎゅっとアリスちゃんの両手を握る。
「わたし、アリスちゃんを幸せにするためにお友達になったんだよ! アリスちゃんと離れるわけないにゃ! 絶対アリスちゃんと離れないにゃっ!」
「ミルちゃん、本当に本当よ? 約束よ?」
「約束にゃ。ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼん飲みまくるにゃ!」
やっと安心したのか、アリスちゃんが朗らかに笑う。
「もう。そんなに針を飲んだら大変よ」
「ずっと一緒で大親友にゃ、だから一生飲む必要ないよ!」
「うん。親友よ。約束だからね」
私たちはにっこにこでハグをする。アリスちゃんはふーっと息を吐いた。
よほど緊張していたらしい。
「よかった……そうよね。そもそもミルちゃんパパは人間だものね。聖猫族じゃなくても一緒にいられるわよね」
「ぎく……そ、そうだにゃあ~」
言いながら気付く。
アリスちゃんは私とクリフォードさんが本当の親子だと思っているのだ。




