クリフォード視点
「ふええ~もう二度と戻る気はなかったんですが……とほほ」
空はよく晴れている。
宮廷魔術局の学部棟前で、クリフォードは晴天に反した憂鬱さで二の足を踏んでいた。
隣で叱咤するのはエリカだ。
「弱音を吐くな! いいな、サボらずに講義しろ。講義録の内容によっては特例破棄となるからな、真剣にやれ」
「はい……」
――エリカ・ライズエール四級魔術師の来訪から一週間後。
クリフォードは久しぶりに宮廷魔術師として、宮廷魔術局の学部棟に戻っていた。
もちろんカフェを辞めるわけではない。転移装置で宮廷に入り、講義では仮面を被った不審者スタイルで姿を隠しながら行う。
クリフォードが安全に宮廷魔術局に復帰できるように、エリカがもぎ取ってきた特例だ。
講義堂に入ると、半円状に広がった席に着席する学生の数はまばらで二十名にも満たないほどだ。しかし全員の眼差しですぐ、やる気があるのは感じ取られた。
覆面の中、クリフォードはほっと息をつく。
(……私を待っていてくれた学生達もいたのですね)
教師の仕事は嫌な訳ではなかった。本当のところは楽しかったくらいだ。
破壊と殺戮だけの道具でしかなかった『凪』にとって、初めて人を育てる仕事だったから。
己と同じ兵器としての育成を命じられた『強化魔術師第三期』計画が決定的にクリフォードの心を折った。やる気がある学生を、己と同じ手駒にはできなかった。
宮廷魔術局で育成に携わるのはやぶさかではない。しかし殺戮兵器は作りたくない。
――もう、平和に生きたい。
そんなずっと願っていたが叶わなかった願いは、貴族令嬢であるエリカの発言力であっさり解決してしまった。権力の便利さに苦笑いが零れる。
何年も苦しんでいたことが、こうもあっけなく片付くとは。
大竜厄時代が終わってから十年、実戦経験のある魔術師が減り、権力を得るための職業となった。魔術師全体の質が落ちているのは本当だ。
このままでは魔術師が魔物はおろか、人間相手の戦争抑止力にもなれない未来が待っている。
自分が孤独なままならば、無視して隠居したって構わない。
しかしスレディバルの町で穏やかに暮らし、スレディバルでの日々の中で思ってしまった。
この平和を、私の次の世代、そのまた次の世代まで、続けたいと。
そのためには逃げるだけでなく、少しずつ自分も変わっていかないと。
やれやれと思いつつ、クリフォードは前を向いた。
――これからクリフォードは不定期にねこねこカフェを開けることになる。
しかし、クリフォードはまだ気付いていなかった。
ネモリカのスタンピード騒動が、ミルシェットを巻き込んだ更なる事件に発展することを。




