丸く収まる解決方法
私たちがクリフォードさんをほおっておいて、手持ち無沙汰にキッチンの掃除でもしようかとしたところ。ちょうど、階上から足音がトントントントンと降りてきた。
シスターとエリカ様だ。シスターが満足げな顔で彼女の肩を抱き、エリカ様はうっとりと寄り添っている。完全に……完全に。
「ミミ太郎、腹が減ったぞ、なんか食わせろ」
「みー、シスターさては」
私が言う前にシトラスさんが半眼で言う。
「とりあえず煙草吸うの止めろちゃ。ここ飲み屋やないし、カワイイ飲食店なわけ」
「うっせえクソガキ。俺に感謝しろや」
「はいはい」
意外と素直に煙草を捨て、シスターはエリカ様と一緒にソファ席に座る。
エリカ様は先ほどまでが嘘のように、シスターにくっついて静かだ。
深くは聞きませんとも、身内のそういう話は一切聞きたくないし。
「そうだシスター! この前のオークのお肉で作ったケバブ……じゃなくて、オーバブがあるんです! 食べませんか!」
「おっ新作か! 楽しみだぜ」
私はそれからシトラスさんと手分けして、お礼の食事を振る舞うことにした。
「ミルシェット、この鍋はなに? ずっとイフリートが張り付いてるけど」
「あっこれは……ずっと煮込んでるオークスープにゃ。ネモリカの時は勢いで作ったけど、あのゴツいぎとぎとはここじゃ出せないから……透明で、匂いがあまり出ないのを作れないかなって」
「うわ美味しそう。でも匂いはどうしようもないね、蓋を開けたら終わりだ」
「ううーん難しい」
「僕がなんとかしてみるよ。任せてくれる?」
「ありがとにゃ!」
スープはシトラスさんに任せ、私はオーバブの作業に移ることにした。
肉をそぎ落としてから冷蔵庫を開き、ランチの残りのサラダとゆで卵スライスを確認した。
しかしもう『ベーカリーかささぎ』さんのパンはない。
「ピタパンつくるにゃ。すぐできあがるしにゃ」
私は小麦粉とベーキングパウダー、オリーブオイルに塩と水を混ぜて、薄くフライパンで両面を焼く。一瞬ぷくっと膨らんで、なんだかおもちとパンの間って感じの見た目だ。
半分に切ると真ん中に空洞が出来てくれる。濃い肉料理や野菜を挟んで食べるのにぴったりなのだ。
「手慣れてるねえ、ミルシェット」
「えへへにゃ」
前世のお給料日前、これにもやし炒めを入れて食べていたので、作り慣れていたのだ。
ピタパンの中にサラダとゆで卵スライス、オーバブを挟み。
仕上げに、マリネ液に使ったものと同じ醤油っぽいポーションと砂糖水っぽいポーションをしっかり煮詰めてとろとろにして冷やしていたソースをかけた。
「お待たせしましたにゃー、味付け焼きオークの薄切り、名付けてオーバブ入りピタパンとオークスープのパスタ、ハーフ盛りにゃ!」
「シトラスさん、盛り付け綺麗ですね。香草とレモンで臭い消ししたんですか?」
「匂い消しの魔術を器の下に入れたんだよ。一定の範囲の中に匂いを閉じ込めるんだ。その代わりにその中にフォークを入れて引っ張り出したところだけは臭い消しの魔術の範囲を脱するから、風味は損なわれない」
「す、すごいにゃ」
ぱちぱち。
エリカ様はぼーっとした状態でも丁寧に祈りを捧げ、最初にスープを飲んでくれる。
次の瞬間、ぱっと目が輝いた。
「これは……もしかして、ネモリカで私が食べ損ねたスープか!?」
それから美味しそうに少しずつすすっては、ほっとした顔をするエリカ様。
「暖かい……作った者の顔が見える手料理を食べるのは、久しぶりだな」
エリカ様はシスターの言葉に従順に肉にかじりつき、ぎこちなくはふはふと食べている。
もぐもぐと肉を食べながら、エリカ様が頬を押さえて言う。
「はからずも愛を知ってしまったな……。私はこれまで貴族の役目としてしか、人と接したことはなかったのだが……こんなに、誰か他人を愛おしく思うことが私にもあったのだな」
うっとりとシスターを見上げて微笑むエリカ様。
気分がよくなったエリカ様に、私は一応聞いてみる。
「じゃあパパとの結婚もなしですよね」
「冗談じゃない。王命を与えられようが私は無理だ」
「よかった」
「あの。パパに結婚を求めてたのって、魔術師として貴族としての社会貢献として、なんですよね?」
「そうだ」
「あの、わたし子供だからよくわかんないんですけど、パパが魔術の先生として、みんなに昔のように、必要なお勉強を教えられるようにしてあげられませんか?」
クリフォードさんがビクッと床を転がる。
「か、帰れっていうんですかミルシェットさん」
「違いますよ。でもこのままじゃパパ、なんだかんだまた連れ戻されると思いますよ。実際場所がバレちゃったんだし」
「う」
「全部のことを無視して逃げ続けるか、一旦退避した状況で、状況を立て直してより良い方向で前に進むかどっちかしかないですよ。パパが全部を無視できないなら、せっかく仲良くなったエリカ様に力になってもらいましょうよ」
私はさらに耳打ちする。
「クリフォードさんだっておじさんとはいえ若いんですもん、今隠居しちゃったら10年20年後に先進魔術について行けなくなって型落ちになっちゃいますよ、それでもいいんですか」
「型落ち……」
おじさん扱いされて無になっていたクリフォードさんの目に光が戻る。
「クリフォードさんは道具として利用されて搾取され続けるのは嫌だけど、魔術が好きだし、みんなの平和を守りたいのもまた本音ですよね」
「ええ……まあ」
「なら魔術の中枢にいっちょかみしてるのが絶対いいですって。これまでいいように利用されてきた原因が後ろ盾の無さでしたけど、今回はエリカ様の実家パワーを利用できます」
まだためらいを見せるクリフォードさんに、私はシスターとシトラスさんに目配せした。
両脇からエリカ様に訴える。
まずはシトラスさん。
「先生が権力を持つことなく、しっかり後続達の魔術を鍛え上げたら、あなたも好みじゃない男性と嫌な結婚はせずにずーっとシスターといちゃいちゃする日々を送れますよ」
そして肩に腕を回し、髪に口づけて囁くシスター。
「ねえハニー、あたしこのカフェがお気に入りなんだよ。クリフォードの野郎が楽しく仕事できるように計らいつつ、ここで今まで通り生活出来るようにしてくれりゃあ……ご褒美に、あたしがなんでもしてやるよ♡」
「天国みせてやるぜぇ……?♡」
耳元で甘く囁き、顎に手を添えウインク。
「ひ、ひいいいい……!」
顔真っ赤なエリカ様。完全に堕ちた。
ぱちぱちぱち。私は手を叩いて祝福した。
クリフォードさんが「二人ともひどくないですか」と唇を尖らせる。
「よしよし、私が一緒ですよパパ」
クリフォードさんの頭を撫でて、ぎゅっとしてあげる。
エリカ様はそのまましばらくアリスちゃんの宿にシスターと一緒に滞在し、たっぷりと色んな準備をした後にシスターとともに王都に去って行った。
嵐のような時間だった。




