結婚しろ
クリフォードさんがさらっと髪をうざったくかきあげる。
「まあ、ここには美形の異性が二人もいます。大人の魅力の私と魔性の美少年シトラス。ときめきのハリケーンです」
「ハリケーン……かにゃあ……」
「一服盛ってこの美形の圧を向ければ、いい感じに彼女も納得して言いくるめられて帰ってくれますよ」
「上手くいくんだったらそもそもここまでこじれてないですにゃ」
そんなとき。テーブルがダンッと叩かれる。私とクリフォードさんは頭を上げた。
顔を真っ赤にした彼女が、こちらを強く睨んでいる。
一瞬、私は闘牛の牛とかを思い出して怯む。
「あ、あの、もうそのくらいで……」
私が慌てて声をかけた時には、もう遅かった。
「おい。猫。みず」
据わった眼差しに、低い声でエリカ様が言う。
「ひ、ひい……!」
エリカ様は据わった目でまじまじと私を見ている。
「お前……可愛いな。近くに来い。かわいがってやる」
「い、いやです」
酔っ払い(?)の相手なんて御免だ。私は保護者の陰にぴゃっと隠れる。クリフォードさんがわざとらしい流し目で彼女を見る。
「ところでそろそろご納得いただけましたか? 我々は違法薬物など何も扱っていない、ただの美味しいカフェです。それに私がネモリカでみなさんにかけた魔術に関しても、まあ宮廷魔術局の威信もありますし、なかったことにしませんか? この……この、私がお願いしているのです。どうでしょう?」
この、と口にする度に、しつっこく髪をばさぁ……とかきあげるクリフォードさん。
しこたまうざいしこの人顔が良くても絶対モテたことないでしょ、なんて思いつつ、盾になるのはこの人だけだ。私はクリフォードさんの背中に隠れつつ、必死にうんうんと頷く。
「どうか仲良くしようにゃ。おねがいだにゃ」
お願いお願いと、私は両手を揉み手する。
「……」
しばらくの沈黙。そののち、エリカ様はおもむろにお冷やが入ったピッチャーを掴んでそのまま口をつけてごっごっごっごっと飲み、ダンッ! とピッチャーを置く。大分乱暴だ。
「……穏便に、仲良くしたいと、お前らは言っているのか」
「はいにゃ」
「それは無理なことだ」
エリカ様はビシッと、据わった目で断言する。
その圧に、反射的にシトラスさんが杖を低く構える。
エリカ様はクリフォードさんに指を突きつけた。
「お前はネモリカで人々を守るために慈善として魔術を使ったと言ったな」
「はい。人を守れる能力があるならば、皆のために使いたいと思いましてね」
「民を守るために行動したというのだな。それは良いことだ。平民にしておくことは惜しい貴族としての美徳に繋がる行動だ」
「……はい……?」
クリフォードさんがばっさばっさと髪をかき上げていた仕草を止める。
どうやら自分が想定したのと違う方向に話が向いてきたことに気付いたらしい。
据わった目のまま、エリカ様は突然立ち上がり、クリフォードさんの襟を掴んだ。
「なっ!?」
顔を近づけ、凄む。
「国の為に成すべき事をすると言うのなら、お前は成すべき事を果たせ」
「成すべきこと、とは……?」
完全に気圧されたクリフォードさんが繰り返す。
エリカ様は言った。
「私と結婚しろ」
「「「え!?」」」
クリフォードさんとシトラスさん、私が同時に叫ぶ。
エリカ様はぐぐっと襟に力を入れる。クリフォードさんはなんとか振り払おうとする。
「お、お辞めください待ってください、いくら私の大人の魅力にめろめろリンになったからってお付き合いをすっ飛ばしてそんなことは」
「冗談じゃない、私はお前のその中顔面の長い顔も細い目も、妙に細い胴も、薄ぼんやりとしたニヤついた顔もヘラヘラしたしゃべり方も性格もまったく好みではないが、なぜか貴様を何としても私のものにしなければならぬ義務感に襲われている! おそらくその才能を、貴族としての本能が欲しているのだ! 結婚するぞ!」
「あ、あの貴族の結婚は両家の同意があって初めて成り立つものでその次に両者の合意が」
「そもそもお前と私は見合いをしたことがある、つまり我が実家はお前を婿に娶っていいと思っている、そして私が貴族魔術師の義務としてお前との結婚を呑むと決めた、ならば全ては丸くまとまる!」
「私の意志は!?」
「お前にとって僥倖以外の何物でもないだろう、諦めよ!」
「ご無体な! ぎゃーっ! やめてください、やめてっ」
目が爛々としたエリカ様に襲われ、クリフォードさんがべそをかいている。
「うえええん、私だってイケてる美形お兄さんとしてモテるのは悪い気はしないはずですが、飢えた猛獣に襲われるのは流石に求めてないですよおおお」
「クリフォードさん、なんか抵抗の方法はないんですかっ!」
「前に言ったでしょお、私が抵抗を試みるならば敵なんて一瞬で粉微塵なんですよお」
「強すぎる弊害!」
「我が侯爵家で最も高魔力の私でさえ、お前の足下にも及ばぬ。このままでは我が国の宮廷魔術師は次の大竜厄時代にも備えが足りぬ、他国との争いにも不利になる。よって私と子を成せ、覚悟しろクリフォード! 私はまったくお前など好みではないがな! 体目当てだ!」
「ぎゃあああっあのっ、そういうのどうかと思いますけどっ!」
ここでシトラスさんがはーっと長く大きな溜息を吐き、立ち上がった。
「もーちょっとデータとりたいんですけど、そろそろ先生の貞操の危機ですし、潮時ですかね」




