やばやばスコーン人体実験にゃ
そしてまたもう一つ、手に取って食べようとする。こっちはチョコチップが入ったスコーンだ。私が作ったものよりサクサクだから、私がカフェにいないうちにシトラスさんが追加で作ったのかもしれない。チョコチップがいい感じに散らばっていて、どこかお酒っぽい味がして、なんだか大人の匂いで……。
――ん?
私は何かを忘れてる気がして、さっと一口だけでスコーンを口から離す。
そこには確かにチョコチップ……のようなものが入ってる。でもよくみるとそれはあんこだ。あんこと、チョコに似ているお酒の匂いがする何かを一緒に煮詰めて作ったペーストだ。まって。あんこの味付けって何でやってたっけ。そもそもスコーンの甘みって何でつけてたっけ。
――ポーション!!!
私は青ざめて皆を見る。完全に怒りとお腹の空きっぷりでうっかりしていた。
クリフォードさんもシトラスさんも、もぐもぐとプレーンスコーンを食べている。なぜか妙に大人しいと思う。二人とも、和やかに食べているようで視線が彼女に向いている。その表情が読めない。怖い。
怖々と彼女を見ると、彼女は一心不乱になってスコーンを食べていた。
明らかにチョコチップのほうだけを選び、最初の上品な食べ方は嘘のようにばくばくと。
さーっと血の気が引く。
チョコチップのスコーンなんて私は作っていない。
そもそも、チョコレートなんてこの家にはなかったはず。あったのは……
「あ、えーっと……」
私がさりげなくチョコチップスコーンをエリカ様の前から外そうとする。
ガッと、クリフォードさんがエリカ様から見えない位置で皿を押しとどめた。クリフォードさんが目配せする。
(ほ、ほっとけって言うんですか……!?)
縋るようにシトラスさんを見ればシトラスさんも目配せしてくる。
(い、意図がわからない!)
そうしているあいだにも、だんだんエリカ様は目の色を変えてチョコチップスコーンを食べる。私はたまらず、スプーンをテーブルの下に落とす。
「あ、落ちたにゃ~。そうだ、ちょっと洗い物してくるにゃ~」
「今行かずとも後で」
「パパもつきあってにゃ」
クリフォードさんの手を引っ張り、私は二人でささっとキッチンに引っ込む。
そしてカウンターの中に二人でしゃがむ。
私が何をしたいのかわかるのだろう、すぐにクリフォードさんが遮音魔術をかけた気配がする。モスキート音みたいなのが一瞬耳を通り過ぎるのですぐわかるのだ。
私はみいみいと訴える。
「ちょっとちょっと、クリフォードさん! あれ、あれでしょ! あのスコーン、あの例の薬入ってますでしょ!」
「美味しい普通のスコーンですよ、何を言ってるんですか?」
「白々しいにゃっ!!」
「痛い痛い耳引っ張らないでください、分かりましたよ」
クリフォードさんは、ひそひそと私に説明する。
「ミルシェットさんが外に出てから、シトラスとあの文献の続きを調べていたのですよ」
「ただの媚薬じゃないにゃ?」
「違います。どうやらあれは惚れ薬のようなのです」
「媚薬とどこが違うんですか」
首をかしげる私に、クリフォードさんはこれみよがしに肩をすくめる。
「あなた子供なのにそこを一緒くたにするなんて、おっさんですか嘆かわしい」
「みっ……おおおおっさんなのはどっちにゃ」
私は焦る。
前世も恋愛なんてしたことないし。
「では聞きますけど、アリスさんがシトラスにうっとりしてるのは」
「一億パーセント憧れにゃ」
あれは憧れ。推し活とか、憧れの先輩にきゃあきゃあ言うようなのと同じ。
女の子の「好き」はそういうものだ。
「そういうことです。まあ第一印象の好意ですよね。顔、声、物腰、社会的地位に対する」
「ふみい……わかったような、わからないようにゃ」
「ともあれ、ですよ」
クリフォードさんは指を立てる。
「まったく別の種族同士なのに、人間と聖猫族は仲良く親交を深めていました。肉体的に立場が弱く、脆弱かつ愛玩用に捕獲される可能性のある聖猫族は、生存のために人間に好きになってもらう必要がありました。よって、美味しいコーヒーリキュールポーションを適量飲ませて、うまうまの仲良しこよしを維持していたのです」
「……な、なるほど」
「というわけでコーヒーリキュールとあんこを煮詰めて新たな美味しいペーストを作ったので、シトラスがスコーンに混ぜ込んで試作品を作っていたのですが、あなたがさっきキレ散らかしながらうっかり出しちゃって……」
責めるような半眼で見られるので、私は大慌てで手をぶんぶんと振る。
「わ、わたし食べちゃわないように引っ込めようとしましたよ!?」
「あそこで引っ込めたらどう思います? あの人はすぐに鑑定だ調査だと言いかねません」
「う"、確かに」
「だからいっそ、正しくあのポーションを飲食してもらうことにしたんです」
「な、なんと……」
私のキレ芸とうっかりミスで招いてしまった事態を、うまくまるっとまとめるにはこうするしかないけれど。確かにそうだけど。
私はそーっとカウンターの上に頭を出して、彼女の様子を覗く。
真顔でばくばくと食べ続けている。もう淑女の食べ方ではない。
向かい側のシトラスさんが、口元だけ微笑みを浮かべながら絶対零度の眼差しで冷酷に彼女を眺めている。頭を再びテーブルの下に下げてから手元を見ると、シトラスさんはテーブルの下、カリカリとどれだけの量を飲ませたのかデータを手帳に書き込んでいる。怖い、魔術師怖い。




