宮廷魔術師エリカ様
「蒸しパンおいしかったにゃー」
道を歩いていると、お姉さんに呼び止められる。
猫耳で儲けたいとかなんとか言ってた、ネモリカで会ったお姉さんたちだ。
「あ、あなたよね! ネモリカにいた猫ちゃん!」
「にゃっ」
お姉さんは振り返り、連れてきた人物に訴える。
「ほ、ほら、あたし言いましたでしょ? 嘘ついてないんですって」
お姉さんが話しかける相手は、二十歳に届かないくらいの、若い女の人だ。頭には帽子を被り、真っ黒ないかにも魔術師!といった黒い上等そうなローブに身を包んだ、緑色のロングヘアに澄んだ茶色の瞳の女の人。見るからにわかる、貴族だと感じさせる気品と佇まい。猫耳お姉さんたちも綺麗な人たちなのに、住んでいる世界がそもそも違うという感じ。とにかく隙が無い。
彼女の切れ長の眼差しが私を射る。ぎくりとした。
「お前が噂に聞く猫か」
愛想一つない眼差しで、上から下までじっとりと見つめられる。ぞぞぞ、と寒気が走る。
値踏みされるような目だった。
「間違いなく聖猫族だな。見たことのない毛並みだ。知り合いの家から盗まれた子ではなさそうだな」
「にゃ、にゃああ……」
不快だし怖いし逃げ出したいけど、威圧感に飲まれて逃げられない。
「じゃあ、あたしたちはこれで……」
猫耳業者のお姉さん達がそっと抜き足差し足で逃げだそうとする。
怖い貴族魔術師美人は視線を向けないまま口にした。
『風よ、捕縛せよ』
「っ……!?」
猫耳業者さんたちの両手首がそれぞれ、まるで手錠で繋いだようにくっつく。
「ど、どういうことですか!? あたしたちは嘘をついていないのに……っ!」
「種族を偽るような紛らわしい商品を販売し、無店舗営業で利益を得ていただろう。よって警邏騎士に引き渡す」
お姉さん達が青ざめる。
次の瞬間ぐいっと、お姉さん達の手が見えない力によって引っ張られる。そしてみんな、手錠を掴まれて引きずられるように、元来た方向へとずるずると引っ張られていく。
「えっちょっちょっとまってっ!」
「ちょ、約束が違うじゃない!?」
「猫ちゃんを教えたら見逃してくれるって……っ!」
「え、えーん! 手錠が勝手に動いちゃうーっ!」
お姉さん達は文句を言いながら、そのままずるずると連行されていってしまう。
「にゃ、にゃあ……」
話が見えない。私は青ざめながら貴族魔術師美人を見上げる。
「お前、ネモリカで移動飲食店を経営していた男の飼い猫だな」
「む、娘にゃ……」
細かいところだけど、なんだかざらっとしたものを感じるので訂正する。
彼女はぴくりとも眉を動かさなかった。
「店舗へ案内しろ。お前の飼い主に薬物不法所持容疑がかかっている」
「にゃ、…………」
私の頭の中を、一気に走馬灯が走る。
薬物不法所持容疑。事情聴取。まずい飯。次々と現れる余罪。芋づる式で明らかになる地方マフィア組織との関係。その他諸々の違法行為。逮捕、収監、終身刑、明るいおんもでの暮らしの終わり。
「何を黙っている。逃げられると思うな。……『風よ、捕縛を』」
「にゃっ!?」
貴族魔術師美人は私の手首を風魔法で捕まえる。
「つれて行け」
「……はい……」
もう既に容疑者のような扱いを受けながら、私はしぶしぶとカフェに戻る。
そんな私たちのやりとりを目撃した人が、急いで駆け出すのが視界の端に映った。
スレディバルは人のネットワークが密だ。
おそらく私がたどり着く前に、誰かがクリフォードさんに伝えに行ってくれるだろう。
(なんとか、なんとか対策しといてにゃあ、パパ……!!!)
絶対捕まりたくない。絶対逮捕は嫌だ。私は大人しくしながらも、必死で祈った。
◇◇◇
カランカラン。
ドアベルを鳴らし店に入ると、クリフォードさんは姿を現さなかった。
毛を逆立てた猫のように敵意を露わにするシトラスさんがいた。
やはり誰かが先に教えてくれていたらしい。ありがとう村社会。
先に口を開いたのはシトラスさんだった。
「エリカ・ライズエール四級魔術師。スレディバルを含むケーラ地区は僕の管轄だ」
「エリカさん……にゃ」
私は考える。こんな名前と見た目のキャラ、『ねこポ』にいたかな?と。
すかさず彼女は私を睨む。
「平民の猫が無礼な」
「え、ええと……エリカ様……でよろしいでしょうか、んにゃ」
彼女は納得したように視線を戻す。
「担当管轄の判断が信用されるかは上の判断だ。貴殿の見落としがないとは言えないだろう」
シトラスさんがぴくっと片眉を動かす。
「あなたの独断ではないということか」
エリカさんもといエリカ様は意味深な笑みを浮かべ、不遜な態度で店内を見回す。
「で、ここの店主はどこだ。馴れ合っているのでなければ出せるであろう?」
「担当管轄で間抜けな二級魔術師の暴走が起きて民間に迷惑をかけてしまえば宮廷魔術局の威信にかかわる。まずは僕が話をきこうか、上を通した話なら当然僕にも報告義務がある」
「貴殿が白だったらの話だがな?」
「少なくとも無実の子供に魔術をかけている時点で、僕の独断であんたを罰しても何らもんだいはないんだがな」
そこで風魔法が解かれる。
「サイハテの蛮族は婦女の扱いがわからぬとは本当なのだな」
「そうだね、淑女の扱いはわからない、でも二級魔術師の職務と義務を軽んじる人間は未婚の女だろうが左手の指でも吹っ飛ばすかもしれんがな」
バチバチのやりあいをする二人のやり取りを、私はひいいと頭を抱えながら聞く。
シトラスさんはこういうところで普段からやり合ってるのか。そりゃ毒舌にもなるにゃ。
舌戦を繰り広げる二人の罵詈雑言から耳を塞ぎつつ。そういえばときょろきょろする。
肝心の店長クリフォードさんがいない。
(そっか、宮廷魔術師にみつかったらまずいんだっけ、クリフォードさん)
すっかり平和な生活をして忘れてしまいそうになるけれど、クリフォードさんは伝説の最強魔術師『凪』として、宮廷魔術局の偉い人たちのあいだで大変な扱いを受けており、それが嫌になって逃げ出したひとだった。魔物が溢れる大竜厄役時代には養父母と引き離されて兵器扱いでこき使われ、平和になってからはいいように扱われたり自分と同じ立場の子供を兵器に育てろなんて言われたら、そりゃあ逃げたくもなるのが当然だ。
でもなんだかんだ優しい人だ。
愛しい娘の私がこうして宮廷魔術局の魔術師に捕まって、弟子のシトラスさんがバチバチやり合っているのだから、必ず今、なんとか対策を練ってくれているはず。
(パパ、早く助けてにゃ……!)
願いながら窓の外をチラリと見る。
――手足が生えたでっかい麻袋が、庭をシャカシャカと4足歩行で走り去っていこうとしている。
「パパはあそこにゃー! 怖いおねーさん!!!」
私の叫びに、シトラスさんと怖い貴族魔術師美人――エリカ・ライズエールさんが叫ぶ。
「「あそこかーっ!!!」」
シトラスさんと怖い貴族美人が同時に杖を突き出す。
次の瞬間、シトラスさんがでっかい麻袋をビキッと氷漬けにする。
『風よ、あの麻袋をここまで連れてこい!』
エリカ・ライズエールさんの呪文で氷漬け麻袋はずるずると庭を滑り、玄関に引っかかって止まる。
シトラスさんが鼻で笑う。
「さすが貴族魔術師の秀才。丁寧かつ優しい魔術で」
「お湯、お湯にゃ」
私は急いでキッチンのイフリート君コンロを使ってお湯を沸かして、クリフォードさんにお湯をかける。
溶けた氷の中から、麻袋を脱いだずぶ濡れで髪がぐちゃぐちゃのクリフォードさんがあらわれた。
スッと美しい所作で立ち上がり、濡れ髪をかき上げ流し目で魔術師たちと私を見る。
「……ずいぶんなご挨拶ですね。私の愛娘と愛弟子と愛する店に、なんたる狼藉を」
すぐに私たちはツッコミを入れる。
「いやわたしを見殺しにして思いっきり逃げようとしてたにゃ」
「先生、時間稼ぎしているうちに対策しますとか言ってませんでしたっけ」
クリフォードさんはごまかすように咳払いして胸を張る。
「と、当然ですともっ大切な愛娘と愛弟子を助けるために私も色々考えていたんですよっま、まだその計画の最中だったのに氷漬けにするなんて酷いです、もうっ信じてくれないなんて知りませんっふんっふんっ」
「日頃の行いにゃ……」
やりとりを断ち切って、カツンとヒールを鳴らしてエリカ様が歩み出てきた。
「ようやく見つけたぞ『凪』。必ずお前がかかわっていると踏んでいた」
どうしてわかったのだろう。
クリフォードさんは以前言っていた。「私の過去を知る者はスレディバルを認識出来ないように結界を張ってますので。更に言うとこのモノクルも、過去を知る者には違う姿に見える作用がある魔道具です」と。
「ネモリカのスタンピード事件の事後処理で気づいた」
ビシッとエリカ様がクリフォードさんを指さした。
「お前、認識を阻害する魔術を使っていただろう。だがそれがネモリカで妙な齟齬を生んだ。魔術師間で報告をまとめている中で、『凪』を知る者と知らない者の認識が食い違ったのだ。雑談程度の話題だったから問題にはならなかったが、私は気付いた」
彼女はクリフォードさんを睨み、にやりと不敵に笑う。
「認識の齟齬なんて普通は気のせいで片付く。だが今回は『嵐』がいた。その『嵐』と謎の一般人が親しげに話していたという証言もあった。だからお前を探しに来たのだ」
「……あなたは……」
クリフォードさんは顔をよく見るように、じっと目を眇める。
「……誰ですか?」
びき。エリカ様のこめかみに血管が浮く。
「忘れたとは言わせぬぞ! この四級魔術師エリカ・ライズエールを」
「待ってください、貴族の方ってみんなそろって服装と髪型と化粧がコロコロ変わるので、覚えるのが難しくて、ええと……」
「見合いをして家名まで告げた淑女の名を、覚えられないと……?」
「そんなこと言われましても」
クリフォードさんは本当に困っている様子で、こめかみに指を当てて考え込んでいる。
「生まれた時から貴族神経衰弱で鍛えたコミュ強と、学生時代はいじめられっこ、働き出したら同僚が毎日死んでた人間に無茶言わないでくださいよ。基本的に貴族の顔は覚えきれないというか脳みそが覚えないようになっちゃってんですよ……ええと……」
びきびきびき。
エリカ・ライズエールさんの顔色がどんどん侮辱に対する怒りで青くなる。
「クリフォードさん、あの時怖がってましたよね。その時の人ですか」
シトラスさんが楽しそうににやにやと笑っている。
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