アリスちゃんとサンキャッチャー
2巻もーすぐ発売です!よろしくです!
小一時間後。
私たちはポーション瓶と、シトラスさんが持ってきた麻袋を置いたテーブルを囲んでいた。
狼狽したクリフォードさんと私に比べて、意外なほどシトラスさんは冷静だった。
説明を聞き、シトラスさんはなるほどと頷く。
「できあがったのは媚薬だけれど、特に依存性もなく、飲む量で効果持続時間を調整できて、あまりに美味しいってことなんですね。へえ、ほんとに古代の方法でポーションができるんやね……」
「シトラスさんのほうはどうでした?」
「僕のほうはちっとも熟成してなかよ、ほら」
麻袋を開いて中のポーション瓶を取り出すと、そこにはまだ昨日と同じ状態の原材料がそのまま入っていた。シトラスさんはにっこりと笑った。
「お手柄ちゃミルシェット。古代魔術を現代に再現するなんて、先生だって多分やったことがない大成果だ」
そう言ったところで、少しさみしそうに眉を下げる。
「悔しかね。ミルシェットの能力が世間に堂々と示せるんやったら、ミルシェットは先生の弟子として宮廷魔術局で出世できるとに。いや、僕がかけあえばなんとかなるか? 二つ名はどうする? 『猫』……は人に『人』ってつけるようなもんやけんだめやね。『薬』とかになるのかな? うーんでも」
私はぶんぶんと両手を横に振る。
「待ってください、わたしは表に出られない立場なのでこれでいいんです」
クリフォードさんがうんうんと同意する。
「そうですよシトラス。ミルシェットさんは少なくとも時効まで10年ほど、ほとぼりが冷めるまでただの猫ちゃんでいなきゃいけないんですから」
「あそっか、そうやったね。あまりに当たり前にポーション作っとるけ忘れとった」
「忘れないでにゃあ」
「ごめんねミルシェット。ただ悔しくてさあ。こんなすごいことができるのに」
「みー」
頭を撫でてくれるシトラスさん。私はごろごろと喉を鳴らす。
シトラスさんの気遣いは嬉しい。
前世は私の仕事をまるっと自分の手柄にするような先輩にこき使われていたので、こうして私が認められてほしいって思ってくれるだけでも、私は嬉しいのだ。
「ならばシトラス、こんなのはどうでしょう」
クリフォードさんが自信満々に指を立てて提案してくる。
「甘くて美味しいなら、これをそのまま飲むんじゃなくて一滴ほど混ぜ込んでメニューに生かしてみるのはどうですか?」
「メニュー……」
呟く私に、クリフォードさんが大げさに頷く。
「ごくごく薄い媚薬リキュールなら、お菓子を美味しくして、さらには一緒にいる人と仲良くなれる……それこそ家庭円満のメニューにできるのではないかと。子供に飲ませないように『お酒を使ってるから大人のカップル向け』ってことに……どうでしょう?」
「た、たしかにそれなら……飲んで貰っても大丈夫……?」
クリフォードさんは立ち上がり、ぐっと拳を突き上げて訴える。
「既にファルカさんとアンソニーさんの一件で、このカフェは恋が叶うカフェとしての下地が出来ています! ここで恋が叶う(物理)クッキーを提供すれば! ここはカップルの憩いの場になり! そして成婚したカップルが子供を連れてここにまた通い、常連となり! そして子供達がまた」
「先生、先生」
呆れた声で演説を遮ったのはシトラスさんだ。片手を上げて、半眼で見つめる。
「あの、先生。そもそもここにいる理由ってなんやったですっけ?」
「そりゃあ、隠居してカフェオーナーとして第二の人生を」
「やったら、ミルシェットを匿っている理由は?」
「それは当然父娘として暮らしているという大義名分を得るために」
「それ以外にもありますよね」
ぴた。
クリフォードさんの動きが止まる。
――世間に見つかってしまえば、ミルシェットは脱法ポーションで捕まる。
「…………」
「そもそもここで媚薬入りのクッキーを食べさせて、道中でサカって性犯罪が起きたらどうするんですか」
「至極ごもっともにゃあ」
私は頷く。クリフォードさんがしょっぱいものを噛んじゃったような顔をしながら、必死に絞り出す。
「うっ……じゃ、じゃあ持ち帰りで」
「持ち帰り?」
シトラスさんが更に冷たく言う。
「クッキーだから間違えて子供が食べる可能性もありますし、もし魔術師の手に渡ったらどうするんです。それがこまるから、外で提供するのは原則ポーションが入ってないものにしたとやったでしょ?」
「…………」
クリフォードさんが完封負けしている。
悔しいのか、クリフォードさんが床にくずおれてえんえんと泣く。
「だ、だってシトラスも思うでしょ!? 古代レシピの再現ですよぉぉ! もっとデータが欲しいデス! 大々的に偉業を自慢したくないですか!?」
「自慢してる場合じゃないのは先生ご自身が分かってるでしょ」
「うわーーんっ弟子が冷たいいいい」
ついにクリフォードさんは床にダンゴムシのように丸まって泣き始めた。
流石の私もあまりの惨状に開いた口がふさがらない。
「み、みっともないにゃ……」
いまに始まったことじゃないけど、みっともない。何度でも言う、みっともない。
「シトラスさん、説得ありがとうございましたにゃ」
私がぺこっと頭を下げると、シトラスさんが微笑んで首を横に振る。
「お客さんに出すのは駄目だよ。でも、国内各地には大量のどうなってもだれも気付かない重罪人がいる。そこにこれを使えばデータはいくらでもとれるんだよ。ふふふ」
「まってシトラスさん! シトラスさんも欲に溺れてたにゃ!」
腹黒さを眇めた目に滲ませながら、にやーっとシトラスさんは笑いながら顎を撫でる。
「だって勿体なかやんかちゃ。せっかく古代レシピを再現できたのに、データも取らずにお蔵入りとか」
二人の魔術師はどうやら興奮状態にあるようだ。
そりゃそうだ。魔術師からしたらこの薬はとんでもない新発見なのだから。
そういえばコーヒーも恋を忘れたお坊さんにあげる飲み物、みたいな歌詞あったなあ。
「と、とにかく危ないから止めときましょう! ね! バレたら大変ですし!」
私は二人の前でパンと手を叩いた。
「開店準備、開店準備です! この件は一旦終わり! にゃ!」
◇◇◇
朝の酷すぎる騒動の後、一仕事が終わった昼下がり。
お店が一段落したところで、私はアリスちゃんに会いに行っていた。
アリスちゃんに会うのは癒やしだ。情緒イヤイヤ期おじさんと腹黒復讐モンスターのお世話で一日が終わるのは辛い。――あ、今なんとなくファルカさんの気持ち分かったかも。
そんなわけで、私はアリスちゃんの宿の庭にいた。
サニーちゃんが石ころを見てきゃっきゃと笑うのを見ながら、私とアリスちゃんで昨日の戦利品の石を、太陽に透かしたり、出来る影の綺麗さを楽しんだりして遊んでいた。
うっとりとアリスちゃんが言う。
「きれいね。私綺麗な石大好きなの。小瓶に詰めてお水を入れるとね、キラキラしてきれいなのよ」
「へ、へー」
私はひやひやしつつ同意する。
ポーションっぽいものを夢中になって眺めるアリスちゃんは心臓によくない。
アリスちゃんは『ねこポ』の主人公だからなのか、無自覚にポーション作成のギリギリのラインを攻めてくる。この世界のアリスちゃんは作れないと分かっていても、私はひやひやしてしまう。
「あーあ。私に魔術の才能があったらよかったのになあ。そしたら毎日、きらきらのポーションに囲まれて暮らせるんだもの。魔術が使えたら魔術師になりたかったなあ」
その言葉に全身がぶるぶる震える。全身の猫毛が抜けてスキニーキャットになりそうだ。
「あああアリスちゃん、魔術師は危ないにゃ、怖いにゃ、変態だらけだにゃならないほうがいいにゃ」
「そんなことないじゃない。シトラスさんすっごくかっこいいし♡」
「みゃ~」
私は冷や汗がでて止まらない。
ぶっちゃけ、別にアリスちゃんが魔術師に憧れたって問題ないのだ。
この世界のアリスちゃんはあくまで普通の幸せな女の子だし、『ねこポ』で不幸になるはずだった人たちはみんな着々と幸せになってるし。
(でも、なんだかこの間から、妙な強制力みたいなものを感じるからなあ)
頑張って『ねこポ』とは違う独自ルートに進もうとしているのに、正規ルートの方向にまた引き戻す力があるような気がしてならないのだ。
だから瓶を見てうっとりしているアリスちゃんを見ていると怖くなるのだ、勝手に。
「うふふ。こういう瓶もっとたくさん作りたいわ。クズ魔石でも、意外とポーションになっちゃったりして」
(やめてにゃー!!!!!!!)
私は心の中で絶叫した。あまりにも主人公パワーが強すぎる。
自力で密造ポーションうっかり作っちゃいそうな発想力、辞めてほしい(真剣)。
「アリスちゃん、で、でもほら、お水入れると腐ったり、サニーちゃんが間違えて飲んじゃうとあぶないよ」
私の言葉に、アリスちゃんはびっくりしたように目を見開く。
「そうね。ミルちゃんの言う通りだわ」
「気持ちはわかるにゃ。クズ魔石きれーだから、何かつくりたいよね」
「ね-」
私は笑顔で賛同しながら、頭では必死に違う何かを作って納得して貰うか考えていた。
そこで私の尻尾が引っ張られる。
見ると、隣に座っていたサニーちゃんが私の尻尾をはむはむしている。
「あっ、サニー! めっ。ごめんなさいねミルちゃん」
アリスちゃんが慌てる。私は大丈夫大丈夫と手を振った。
「わたしは平気だよ。かわいいから嬉しいにゃ」
「あー」
「毛が口に入らないようににゃー」
愛情たっぷりに育てられたサニーちゃんは、誰を疑うこともなく人なつっこい。
猫耳が生えていて他の人とは違う私にも、にぱーっと笑顔を向けてくれる。誰にだってニコニコ笑う、いわゆる新生児微笑って生理現象なのは、前世の知識で知っている。
それでも嬉しくなるのだ。生まれた赤ちゃんがすくすくと愛されて育っているのは。
(……聖猫族の私のパパとママは、どうして私を手放したんだろう)
いつもよぎる疑問が、再び頭をもたげる。
しっかりとした産着を着せて、名前もつけて、人目に付きやすい場所に捨てた親。
(何かのっぴきならない事情があった? だとしても、どうして寄りによって娼館の前?)
幼い頃の自分の人生に思いをはせて、下着とドレスが適当につるされた酷い住環境を思い出し、それをモビール代わりにしていたのを思い出し……。
「あっ! サンキャッチャーにゃ!」
耳をぴんと立て、私はアイデアを呟く。アリスちゃんがきょとんと首をかしげる。
「さんきゃっちゃあ? なあに、それ?」
「太陽光を反射させるきらきらの石を窓辺につるして、部屋の中をきらきらにするおもちゃなの。赤ちゃんをあやすモビールみたいな感じでね、棒と糸で作るの」
「まあ、それならサニーの手は届かないし、お部屋が綺麗になるし素敵だわ!」
「一緒につくろ、アリスちゃん!」
「ええ! 石をどうやってぶら下げようかしら」
「アリスちゃんパパにそうだんしてみたいな、どうかな」
「ええもちろんよ、聞いてくるわね」
アリスちゃんパパはすぐに石に針金を巻き付けて、クズ魔石をオーナメントのようにしてくれた。
私たちはそれから庭の枯れ枝や、アリスちゃんが持ってきた毛糸などを使って、サンキャッチャーを作った。
サニーちゃんは尻尾であやして、危ない作業からは遠ざけつつしっかりアリスちゃんと私の交代で目を離さないようにしながら。
無事にできた。
「きらきらにゃー」
「にゃー」
サニーちゃんがサンキャッチャーを見て目をきらきらさせている。嬉しそうだ。
「よかったね、素敵だわ」
アリスちゃんはなんだか感慨深そうに、じっとサンキャッチャーの輝きを見つめている。
「……私も物作り、したいなあ」
それは私に向けた言葉というよりも、アリスちゃんの心から素直に発せられた言葉という感じだった。私の視線に気付いて、アリスちゃんがちょっと頬を染める。
「ふふ。ミルちゃんはいろんなものを自分でつくってるから羨ましいなって思うの。お料理とか、新しいおもちゃとか、色んなものでみんなをびっくりさせてて、すごいわ」
「あ、ありがとにゃ」
前世の知識でやっているところが大半なので、目をキラキラさせて言われると気まずい。
それでも否定するのもなんなので、私は頭をかいてお礼を言った。
「私もいろいろやってみたいわ。クズ魔石で、他になにかできないかしら……」
魔石をじっと見つめるアリスちゃん。私はやっぱりひやひやする。
(止めさせるべきかにゃ……いや、でもアリスちゃんは才能に溢れる子なんだから、私が変に『ねこポ』の展開を心配して色々止めるのもおかしい……にゃ!)
私は内心苦悩した。運命には抗いたいけれど、アリスちゃんの才能は潰したくない。
勝手に思い悩む私だったが、そこにアリスママがやってくる。
「サニーのことみてくれてありがとう、あとは私がやるわ」
夫婦は仲が良い。この二人にはあの薬は必要なさそうだと思う。
やっぱり薬で人の心を動かすのはよくないにゃ、うん。
そうおもって、私はサニーちゃんのこもりもお手伝いしたお礼としてママ特製の蒸しパンを貰って、カフェに戻ったのだった。




