セクハラですミルシェットさん
記載されていた飲み物の作り方はこうだ。
魔石で作られたボウルで特定のコーヒー豆を砕いて聖水で溶かし、ペースト状にしてリキュールと混ぜ、煮出してアルコール成分を抜き、ドロドロになったところで任意の量の砂糖を入れて、ポーション瓶に注ぐ。
そしてそれを土と石で包んで一晩寝かせたら、できあがり、とのことだった。
麻袋に入れたポーション瓶を土と石で包んできゅっと袋の紐を縛る。
ちょっとしたスイカくらいの大きさの麻袋が、ちょうど二つ完成した。
「これは古代の熟成方法ですね。土地の力と石の力で、数ヶ月ぶんの熟成を一気に進める魔術です」
うっすらとなんだかとっても良い匂いがする。
「チョコ……いや、ここにカカオはないからチョコじゃないにゃ」
「何か知っているものなのですか? ミルシェットさん」
クリフォードさんの目が光る。私はぶんぶんと首を横に振る。
「なんでもないにゃー」
「本当ですかあ? 聖猫族の忘れられた知識が、びびびっと戻ったりしてません」
「してないにゃ」
してたらもっと楽なのになあ、と思いつつ、私は鼻をひくひくする。
絶対嗅いだことのあるこの香り。チョコのような、もっと刺激的な。
――前世で、どこで嗅いだんだっけ……なんだったっけ、これ。
「じゃあ僕、片方の瓶もっていくけね」
シトラスさんは二つ作った袋のうち、片方を両手で持ち上げる。
「熟成期間の一晩、宮廷魔術局の僕の部屋に置いておく。それでいいんですよね? 先生」
「ええ」
問いかけるシトラスさんに、クリフォードさんが頷く。
「これで古代のレシピにもミルシェットさんのねこねこダンスが必要なのか確かめられます。ねこねこダンスの効果範囲を完全に計測するには雑すぎるやり方ですが、今回は片方だけにねこねこダンスの効果を付与したいだけなので、これでいいでしょう」
「にゃー。宮廷魔術局までは流石に効果ないでしょうしねえ」
「あっはっは、これでもし効果があったら面白いですけどね」
「面白くないにゃーって、クリフォードさんもガタガタ震えてる!」
シトラスさんはクリフォードさんに呆れた顔をする。
「何言ってるんですか、先生……じゃ、僕は行きますね」
ドアの向こうに消えながら、シトラスさんが最後に言った。
「明朝、報告聞かせてくださいね。ミルシェット、先生をよろしくね」
「はいにゃ」
シトラスさんが去ってから時間をおいて、私はすっくと立ち上がる。
「おっ、やりますかミルシェットさん」
「にゃ!」
私は手をぐーにして、ぴし! とダンスのポーズを作る。
にゃんにゃかにゃんにゃかと拳を上下左右にふりふりして、ぐるっと回ってぴょん!
「ねこねこパワー! 注入ッ! にゃ!」
両手でハートを作って、麻袋に向ける。
いつもなら、これで効果が付与されて何らかの変化が見られるはず。
しかし一見、いつものようなわかりやすいブクブクーッっとした効果が見られない。
だって麻袋に入っているから。
「ど、……どうなんでしょ……」
「ふむ」
クリフォードさんが立ち上がってポーション瓶を遠巻きにじっと観察し始めた。
モノクルが光っている。鑑定をしてくれているらしい。
「クリフォードさん、変化してます?」
「表だっては見えませんが、熟成が急速に進んでいますね。表面温度が熱くなっています。これはこれは……なるほど。もしかしたらワインの熟成やコーヒー豆の熟成も、ミルシェットさんの能力を使えば……?」
「そんな応用、上手くいくんですか? というか思いつかないでくださいにゃ」
「ふふふ」
上機嫌そうに笑い、クリフォードさんがうんと伸びをした。
「では寝支度しましょうか。明日の朝が楽しみです」
「にゃー」
そして私たちはいつものように就寝し、ぐっすりと夜を迎えた。
翌日、できあがったものをクリフォードさんが舐めてみる。
「これは……毒です」
「ど、毒!?」
「毒なので私が一人でいただきますね、あーこれは体に悪い、毒です毒、あーっ」
「ぜ、絶対美味しいやつですよねっそれ!?」
クリフォードさんの腕ににゃにゃにゃっとよじ登り、私はできあがったそれを舐めてみる。茶色いとろとろの液体。そっと舐めると、明らかに。
「……チョコだ……ううん、なんかもう少し、チョコに似てる……なんだっけこれ……」
私はうーんとうなる。コーヒーとお酒の味、そして凄く甘ったるいもの。
もうひとさじ舐めたところで、私は唐突に前世の記憶が蘇った。
――飲み会で、若い子におすすめの飲みやすいお酒ってだまされて飲まされたあれだ!
――アルコール度数の高いリキュールを牛乳で割って、ステアして飲むあれ!
「コーヒーリキュールだ! アルコール成分抜けてるけど!」
「よく気付きましたねミルシェットさん、子供なのに」
「そ、混ざってるものから想像しただけにゃー、そのまんまのが出来てたからびっくりしただけにゃん、にゃんにゃん」
「かわいこぶりっこの猫語が酷くなってますよ」
「にーっ」
クリフォードさんは改めて解析をする。
「アルコール分は抜けてますね。きっと地の魔力と結びついて熟成を早めるために必要なのでしょう。……しかし、この効果は……」
「クリフォードさん?」
「……これは……ちょっと危険なものかもしれませんね……?」
「どういう内容ですか?」
「言っていいものか、うーん」
「にゃー、もったいぶらないでくださいよ」
「……ええと……その……家庭円満とか……そういうものですね?」
教えてくれないらしい。ならば自分で考えるしかない。
クリフォードさんが歯切れ悪くなるような効果。
どんな時に作られていたか、文献の内容と矛盾しない効果。
家庭円満。
「……やっぱり媚薬なんですね」
言った途端にクリフォードさんが大げさにのけぞり、そのまま顔を覆ってぷんすかする。
「ぎゃー!! そそそそんはしたない事いってはいけません! パパは嘆かわしいですよ」
「いや、媚薬なら媚薬って言ってくださいよ。あーなるほど……」
「そんな分かった顔をして言ってはいけません! 駄目です!」
クリフォードさんがぎゃあぎゃあ騒ぐのを置いておきつつ、私は色々腑に落ちていた。
私がプレイしていた『ねこポ』はまず、ソシャゲだ。
私が生きていた頃の令和の時代はちょうどソシャゲの表現の自主規制が厳しい時代にさしかかり始めていた。グローバル展開を気にするにあたって、海外ではNGの表現など差し替えが始まっていたのだ。
特に『ねこポ』は前世の世界では未成年の女の子アリスちゃんが主人公なので、アリスちゃんが接するには不適切な薬や描写はやんわりとしたものにされていた。
このゲームではビッグボスも紙煙草を吸っているけれど、ゲーム内の立ち絵で煙草が描かれているものは一切なかった。
だからつまり。あの世界で「惚れ薬のチョコ」として描かれていたものが「媚薬のコーヒーリキュール」の可能性は大いにあるのだ。媚薬のお酒なんて、カワイイアリスちゃんが扱う商品として色々やばすぎる。
――あれ? 『ねこポ』でミルシェットの存在が消されていたのって、もしかして『娼館育ち』の『孤児』の『猫の子供』が非ッ常に不適切な存在だったから……だったりして?
大人の事情でミルシェット(わたし)の存在はナレ死だったのかもしれない。
ぶるりと震えて考えるのを放棄する。
そしてコーヒーリキュールもとい媚薬を舐めていたクリフォードさんがそこにいるのに気付いた。私は遠慮がちにクリフォードさんに聞く。
「パパは舐めても大丈夫なんです? わたし育ちが娼館なので、気にせず、何かあれなら席をはずしますけどにゃ」
クリフォードさんは顔を覆った。耳まで赤い。
「えーん、娘がセクハラしてきますぅうー!!」
「大げさですよお」
「何言ってるの二人とも」
そこにやってくるシトラスさん。私が持っている瓶を見て表情を明るくした。
「あっ、できたと? 僕にも」
「だだだだだだめにゃーー!!!」
「シトラス! 全てを忘れなさいっ! 忘れるのですっ!?」
「一体何ができたんですか!?」




