フラグが立つにゃーっ!
◇◇◇
翌日。アリスちゃんと一緒に遊んでる。
これが二十歳を超えた成人だと思うと辛いにゃ。
帰り道に一人で身もだえる。
「はあ……どうしよ……」
「どういうこと?」
後ろから顔を覗き込んでくるシトラスさん。
「ぎゃー!!!!」
「庭でブツブツ言ってたから気になったんだけど、としま? なんのこと?」
「なななななんでもないですにゃ、あっ、にゃっ、そうだ! それなんですか! それ!」
私はシトラスさんが手に持ってるものを指さす。大きな本だ。
彼はにこっと笑った。
「そう。見せたくて持ってきたんよ」
ちょうど辞書のようなサイズで、銀糸金糸をふんだんに使った豪奢な装丁の本。
「聖猫族のポーションの秘密、わかるかもしれん文献なんよ」
それから二人でカフェに戻り。
階下に集まった私とクリフォードさん、そしてシトラスさん。
テーブルに恭しく文献を置いた。
「これは宮廷魔術局の閉架から特別に借り受けてきた本です」
「なめし革の本、わたし初めて見ました」
「製紙技術が東から入ってくる以前の書物は、皆こんな感じで重たいんだ。だからほら、表紙に軽量化の魔術がかけられている」
「あ、ここの魔石の部分がそうですね! すごーい!」
私が素直な反応をみせると、シトラスさんは嬉しそうだ。
クリフォードさんはモノクルをただして、興味深そうに覗き込む。
「おやおや……よく持ち出せましたね」
驚くクリフォードさんにシトラスさんがふふんと笑う。
「スタンピード未然阻止の功績で、ちょっと奥の図書館に入る許可証を得たんです」
シトラスさんは本を開き、さっそく該当箇所を私たちに指し示した。
何が書いてあるのかまったく読めない。
「これは超古代語ですね。この国の言語が統一される以前の、神官や魔術師のみが使っていた特殊な言葉を用いて書かれています」
「ほへー」
私があほな感嘆を漏らしているあいだに、シトラスさんが説明を始めた。
「ここに書いてある内容によると、本来聖猫族は人間に愛玩される関係ではなかったようなんです。むしろ対等以上に有利な関係性をもって、人間と共存していたようで」
「にゃんと」
「元々は能力を生かして共存していたらしいんです。その内容の細かなところは、まだ読めていませんが」
言葉を切ったシトラスさんを見て、クリフォードさんは目を細める。
「よくここまで読めましたね、シトラス」
「せ、先生の弟子ですから当然です」
シトラスさんが照れたように顰め面になる。クリフォードさんに褒められてうれしいときは、あまり素直にならないのがいつもちょっとかわいい。
「なるほど、聖猫族は人間社会にとって、何か特別な優位性があったと……。けれど今、そのことは人間社会には少なくとも残っていない。現実の聖猫族は愛玩される存在として生きている個体ばかりが観測されています。野良猫はミルシェットさんくらいのものです」
「まったくいないわけじゃないんですけどね」
シトラスさんが肩をすくめる。
「『まったくいないわけじゃない』から余計に人は気に留めないんです。珍しいな、初めてみるな、とは思っても、見ただけで聖猫族だとすぐにわかる。だからそれ以上の考察が進まない」
「歴史書に出てくる頻度がどんどん下がっていくのも気になりますね」
「この書かれていない部分に、聖猫族の秘密が隠されていると思うんです。魔術師の歴史の文献に載っているので、少なくとも魔術師にとって聖猫族は接触の多い存在だった」
「ところで、ですよ」
そこでシトラスさんが違うページをめくる。
「ここに古代に聖猫族とのお祭りに作っていた飲み物のレシピが書かれているんです」
「にゃんと」
「試してみませんか? これを飲み交流を深め、一晩中祭りが続いたって書いてあるんです。人体に悪い物ではないでしょうし、試してみるのが一番ですよ」
「準備をしましょう」
そうして、準備をすることになった。
◇◇◇
材料はクリフォードさんが用意してくれていた材料では足りなかった。
薬草や溶かす用の液体(水とか、聖水とか)はあるものの、普通ならポーション作りに使わなそうなものが足りなかったのだ。
例えば『飲み物を作る場所で、最も大地と人々の精気を吸った土と魔石』とか、リキュールとか、あとはラメル商会ならワンチャンあるかもな木の実とか、そういったものだ。
お店はクリフォードさんに任せ、シトラスさんがラメル商会へ、私が土と石拾いをするべく街の中心部へと向かう。
歩きながら、私は一人になったことで自然と『ねこポ』へ意識を向ける。
「そういえばあのゲームの中でも媚薬ってあったっけ……?」
私は『ねこポ』を完全にクリエイトゲームとして楽しんでいたけれど、人によっては恋愛シミュレーションゲームとして楽しむ要素もあった。
そういえばあの課金ショップおじさん(多分クリフォードさんっぽい人)が、何かのイベントの時に特別な好感度アップアイテムを売ってたような気がする。
「そうそう。現実のバレンタインとかジューンブライドに合わせて、ゲーム内でも期間限定の特殊恋愛イベントが発生するから、イベント回収のために一気に好感度を上げる人が……いたような……あそっか思い出した! チョコだ!」
そしてごく稀に特別に、面倒なクエストを攻略すると好感度アップのチョコを手に入れられたんだった。そうそう。私はプレイヤー同士のアイテム交換会で別のアイテムに交換して貰っていたから使った事は無いけれど、確かにそんなのがあった!
「どんなイベントだったっけ……恋愛にまつわるイベントだから……あ、そうそう。お忍びの貴族がアリスちゃんの元にやってきて、かなりレベルが高くないと作れない秘薬を作るように命令してくるんだった……ような……」
恋愛要素にまったく興味がなかったので、記憶が胡乱だ。
前世の私はアリスちゃん過激派だったので、誰かキャラクターとくっつけるなんてもってのほか! だったのだ。
「しかし、あの世界でもアリスちゃんはさすが優秀にゃ。貴族にも頼まれるなんてうふふ」
にまにましながら歩いていると。
ちょうど向かいから、かわいい歌声が聞こえてきた。
まさに今一番会いたかった女の子の歌声だ!
私はぴっと耳と尻尾を立てた!
「アリスちゃん!」
「ミルちゃん! どうしたの? おつかい?」
一緒にアリスママと赤ちゃんのサニーちゃんがいる。
三人でお散歩のようだ。私はアリスママとサニーちゃんにも「こんにちは!」と元気に挨拶して、アリスちゃんの質問に答える。
「うん、おつかい。えっとね、広場のきれいな石と、土を取りに行くの」
「まあ広場の? どうして?」
「えっとねえ……えーっと」
私は指をもじもじさせながら言い訳を考える。
鼻歌交じりに珍妙な動きをしながら、先日の仮装以来ハマっている手品の練習をして部屋を散らかすクリフォードさんの姿が頭に浮かぶ。
「パパがね『お客さんにいっぱい愛される店になりますように』っておまじないで、街に住んでる人がいっぱい歩き回る場所の土と、ぴかぴかの石が必要って言ってたの」
サニーちゃんをだっこしてあやしながら、アリスママが目を丸くする。
「まあ、珍しいおまじないねえ。ミルちゃんパパの故郷のおまじないかしら」
「たぶんそうにゃ! にゃ!」
私はこくこくと頷く。アリスちゃんがママのスカートを引っ張った。
「ねえママ、私ミルちゃんのお手伝いしてきていーい? 夕方の支度までには戻るから」
「もちろんよ、いってらっしゃい。受付に飾るお花も摘んできてくれると嬉しいわ」
「うん!」
お願い事をされ、アリスちゃんはまかせて!と言わんばかりに頷く。
アリスちゃんママのことばに、私は内心ちょっと感動していた。
普段からおうちのお手伝いを頑張っているアリスちゃんが、気兼ねなく遊びにいけるようにあえて(・・・)お願い事を付け足しているのだろう。
妹のため、おうちのためにがんばるアリスちゃんがちゃんと子どもらしく遊べるようにしてくれているアリスちゃんママはとても優しい。この人を守れてよかったと改めて思えた。
「さ、行きましょうミルちゃん!」
「うん!」
私たちはママとサニーちゃんと別れ、手を繋いで広場まで進む。
広場は子供や、休憩をする大人たち、美化活動で掃除をする人たちで賑やかだった。
「ぴかぴかの石が欲しいのよね? じゃあいっぱい埋まってるところ教えてあげるわね!」
「ありがとー!」
アリスちゃんについて行くと、花壇の近くにいっぱいクズ魔石がまとめてあるのを見つけた。
「ねえアリスちゃん、これって勝手に取って大丈夫?」
前世日本人だった私は、公共の場においてあるものに手を出すのがちょっと怖いのだ!
「大丈夫よ。だってここの石、誰でも持って帰ったり、遊んでいいように大人が集めて置いてくれてるものだから」
「あ、なるほど……」
この世界でのクズ魔石の認識は、本当にただの「綺麗な石ころ」なのだ。
品質が安定しないからこそクズ魔石なので、売り物にもならない。
当然魔石としての力はないけれど、普段使いのアクセサリーに使ったり、庭の飾りに使ったり、子どもがごっこ遊びに使ったりという意味では重宝されている。
スレディバルは特に山と川に挟まれた街なので、あちこちから色んな種類のクズ魔石が集まる土地で。『ねこポ』のアリスちゃんがポーション屋さんを始められたのも、仕入れの必要がなく、初期投資がほぼかからないからじゃなかったっけ。
私たちは一緒に公園の隅っこに座って、原石のきらきらの魔石を拾う。
「わあ、これ猫ちゃんみたいな形よ」
「ほんとにゃ! かわいーね! じゃあこれはアリスちゃんのおめめの色かな?」
「えー、私、こんなにきらきらしてる?」
「してるしてる! にゃ!」
「うふふ、じゃあ私もミルちゃんの目の色と同じのを探すわ。楽しいわね」
そうやっていると、後ろから声がかかる。子供達だ。
「二人ともなにしてるのー?」
「投げやすそうな石じゃねーか!」
「んもう、投げないでよ。ミルちゃんのパパのおまじないに必要なんだから!」
わいわいと皆で集まって石を物色。
次第に私も楽しくなってしまって、他の子と一緒に石を大きさ順に並べたり、ジオードのような石を投げて割って、中身を確かめたりして遊び始めた。
ぽかぽか陽気にお外で遊ぶの、たのしいにゃ!
「ミ・ル・シェッ・ト」
「に"ゃーっ!」
後ろからひょこっと覗き込まれ、私は毛を逆立ててびっくりする。
シトラスさんだ。
「あはは、楽しそうやね。何しよん?」
「石をカワイイ順に並べてて……はっ! 本分を忘れてたにゃ」
「楽しかったならそれでええよ。たくさんあるみたいやし、好きなの選んだら?」
私は我に返り、必要な石を探す。
「えっと、この中で、一番よさそうな石は……えっとええっと」
悩む私にアリスちゃんが助言する。
「いろんな色を集めておくといいかもしれないわ。おまじないに使うなら、ぞくせい? も必要なのかもしれないし」
「君、属性があるってこと知ってるんだ。かしこいね」
隣にしゃがんだシトラスさんがアリスちゃんを褒める。
ぽぽぽ、とアリスちゃんのほっぺたが真っ赤に染まった。
「ええ……でも、教会の神官さんのお勉強で教えて貰っただけよ」
照れながらもじもじと言うアリスちゃん、恥ずかしそうでかわいい!
アリスちゃんのかわいさに見とれていると、シトラスさんが続ける。
「教えて貰ったことをちゃんと覚えてるってすごいよ。将来が楽しみやね」
「で、でも私、魔力の才能はないもの」
「魔力の才能がなかったっちゃ、他で活かせるかもしれんよ。勉強わからんところあったら、僕でわかるところやったら教えてあげるけね」
「あ、ありがとう……」
仲良しでなによりにゃ。なんて思いながら二人の様子を眺めていて私ははっとする。
「ややややめるにゃ! フラグが立つにゃー!」
あいだに割り込んであわあわする私。二人がきょとんとする。
「どうしたのミルシェット、フラグって?」
「え、ええと……や、やきもちにゃ! アリスちゃんの仲良しはわたしなの!」
ぎゅーっとアリスちゃんにくっつく私。ヤケだ。
アリスちゃんは嬉しそうにぎゅっと抱きしめかえしてくれる。
「きゃー、ミルちゃんが一番よ! やきもちなんてかわいいわ!」
「にゃー!」
「こんな猫耳で可愛くて大好きなミルちゃん、一番に決まってるじゃない。うふふ」
「じゃあ猫耳の子がほかにもいたら、アリスちゃんそっちの子も好きになる?」
我ながらめんどくさい彼女みたいな言葉が出る。
アリスちゃんがふふっと笑う。
「猫耳だけがミルちゃんじゃないもの! 猫耳も、ミルちゃんも好きよ!」
「にゃー!」
「猫耳の子なんてミルちゃんだけだもの……あっ」
「あ?」
「そうそう。聖猫族のひとがいるかどうかって噂のこと、気になっていたじゃない? 聞いたわ、昨日」
私とシトラスさんがさっと視線を交わす。
「それってどんな話?」
「本当に見ましたって人がいたわけじゃないんだけど、冒険者さんたちのあいだでは話題みたいよ? ミルちゃん以外の猫ちゃんがいるって」
シスターから聞いた噂だけではなさそうだ。
私は姿勢を正してしっかり耳を傾ける。
「そうなんだ……いつごろから?」
「最近みたい。だってそれまでは、ミルちゃん以外の聖猫族のお話なんてきかなかったから。本当にいたら会えるといいわね。きっとお友達になれるわ」
にっこり。アリスちゃんが輝く笑顔を向けてくれる。
それからアリスちゃんも子供達もうちに戻る時間となり、自然と石遊びは解散になった。
私はシトラスさんと歩きながら、二人で話し合った。
「聖猫族の噂、結構広まってるみたいやね」
「……本当にいるっぽい気がするんですよね、わたし」
「その心は?」
「うーん……なんとなく? ごめんなさい、勘で物を言っちゃ駄目ですね」
「駄目やなかちゃ。直感は言語化出来ない何かを感じて判断してるっていうこともあるし、ミルシェットがまだ上手く言葉にできない、『聖猫族の感覚』で気付いてるのかもしれない。近くにいるかもしれない、という認識で行動した方がいいね」
「いるかもしれない……」
「何故突然出没し始めたのか。彼らは飼い猫か、それとも野良か。何が目的なのか。ミルシェットの存在に気付いているのか、そして接触するつもりはあるのか……ポーションの事を、知っているかどうか」
どきりとする。一瞬だけ、全ての音が遠くなった気がした。
見上げたシトラスさんは真面目な顔をしていた。
「大丈夫ちゃ」
私の視線がよほど不安そうだったのだろう、微笑んで、くしゃっと頭を撫でてくれた。
「みー」
「君は僕が守るよ。大切な妹弟子だからね」
「お、おにいちゃん……!」
シトラスさんは手に提げた袋を軽く掲げた。
「さ、気持ちを切り替えて実験だ。こっちは材料手に入ったよ。まずは作ってみよっか」
「にゃ」
私は歩きながら考えた。
『ねこポ』では既に存在していなかった聖猫族。ミルシェットすら存在しなかった。
(そっか。『ねこポ』の世界では聖猫族は既にいなかったけど、今回は聖猫族は滅亡していないんだから、目撃情報はともかく、どこかには同族が絶対いるはずだよね)
聖猫族に会いたいかどうか。それはもちろん会いたい。理屈じゃない、自分と同じ姿の人たちに会ってみたい。
では、会って何をしたい?
当然決まっている。別の聖猫族もポーション作りの技術をこの世界でも持っているのか。
『ねこポ』の世界のように私たちが滅亡する未来が来ないように、連携したい。
穏便にこの世界で可愛くにゃんにゃんと生きていたいのだ。
アリスちゃんの不幸を回避した次は、同族を滅亡の未来から救えるのなら救いたい。
前世の記憶持ちの私が転生したのは、きっと皆を幸せにするためだと思うから。
(……あれ?)
私は立ち止まる。
(何か忘れてる気がする……まって。私、何か忘れてるイベントがあるような……)
ネモリカのスタンピードは定期イベントで、それ自体は賑やかで定期的にまったく同じ討伐イベントが開催されるだけだ。そこに聖猫族はいない。
(まって……ネモリカのイベントって、それだけだったっけ……?)
大事なイベントを忘れている気がする。
忘れてはいけない、ミルシェットにとって、とても大事なイベントを。
(ええっと、ネモリカのイベント以外の特殊イベントを思い出さなくちゃ。えっとバレンタインに合わせたチョコイベントに、夏のウエディングイベントに、えっと……違う。そういうのじゃなくて、もっと強い、私が覚えていられないくらいショックな)
「ミルシェット?」
立ち止まった私を振り返り、シトラスさんが首をかしげてくる。
私は慌てて首を横に振った。
「な、何でもないにゃ~」
先をゆくシトラスさんについていき、私はてててと走った。




