聖猫族のひみつ
『ねこポ』の世界でもアリスちゃんはポーションを使って肉の保存と味付けをしていた。さっそく草と聖水係のクリフォードさんを連れて二階の書斎へ。
そこで大きな樽をいくつか用意して、いっぱいにどばどばと、草と聖水、そしてクズ魔石を入れる。
作るのは弱回復のポーションと、効果時間延長のポーションと、浄化のポーション。
肉が腐らないように回復と浄化を少しずつ、少しずつ繰り返すのがポイントだ。
完全回復と浄化をやっちゃうと、マリネ液の味がしみこまない。
クリフォードさんの指からじょぼぼと聖水を入れて貰った後、私はこほんと咳払いする。
「あ、あー……えーっと……」
ネモリカでの調子に乗りまくった出来事が頭をちらついて、かなり気まずい。
クリフォードさんがにやにやと笑いながら見ているのも腹が立つ。
「ええい、はらをくくるにゃ!」
私は恥ずかしさをふっとばし、いつも以上にぐるっと回って、ポージングを決めた!
『ねこねこぱわー!ちゅーにゅー……』
一つ目に!『にゃ!』
二つ目に!『こっちも……にゃ!』
最後の三つ目に!『にゃーっ!』
ぐるぐるっと回って、最後にまとめてダメ押しで!
『注入っにゃーっ!』
きらきらきら。それぞれ三者三様に違う輝きを見せ、見事に砂糖水、みりん、醤油……っぽいポーションが完成した。
「ふう……終わりにゃ……」
適温のはずなのに暑い。私は汗をハンカチで拭う。
雑菌が繁殖しないようにしつつ、お肉を傷ませないために欠かせないポーションだ。
「お疲れ様です。見事でしたよぱちぱち」
私の作業を眺めていたクリフォードさんが手を叩く。なんだか腹が立つ。
彼はそのまままじまじとポーションを眺めた。
「ああ、肉体欠損後、縫合までに欠損部位を保存したり、事件の証拠を残すために遺体の損壊を防いだりするポーションの下位互換ですね。なるほど……」
「料理の下ごしらえ中に怖いこと言うのやめて欲しいにゃ」
弱回復のポーションは甘くて、延長のポーションはお醤油みたい。そして浄化はとろみがある甘さ。全部を1:1:1で混ぜる。確実に美味しい味になりそうでわくわくする。
「肉を全部一気にドボンはできないから……少しずつドボンしては、天板に並べて……うーん、ちょっと手間どるかにゃ」
その時、クリフォードさんが何かを思い出したように書斎を出て、そして戻ってくる。
手にはレイピアのように細い棒状の何かを持っていた。
「それは……何ですか?」
「このカフェの内装に悩んでる時に作った手すりの試作品の一つです。鉄製の棒なんですが、なんか荒事が起きたときに武器にされそうな気がして、うーんあぶないなと」
クリフォードさんは棒を持って、身振りで肉を漬け込んで刺す仕草をする。
「肉をつけ込んだものをつぎつぎ刺していけば、浸けた順番も分かりやすいしまとまってて扱いが楽ですよ。焼くときも周りをこう、私がバーッとあぶればいいですし」
「う、うーん……ケバブ……にゃ……」
私の頭に浮かんだのは、ポールに刺さったどでかいドネルケバブの姿だ。
本来のケバブは宗教の都合で豚肉絶対禁止、鶏肉牛肉ラム肉が主流だ。オークを刺していいものだろうか。しかも醤油で味付けしたオーク肉を。
でもこれはオークだし、ケーラ地区はオーク食べちゃいけない理由も特にないのでいいか。そもそもこれはケバブではない。結果的にケバブっぽい形になってるだけで。
「よし! じゃあ串刺しオーク肉塊、つくるにゃ!」
「きっと美味しいですよ。食べたらどんな効果があるんでしょうね」
「美肌になりそうにゃ」
二人でそんなことをいいながら、さっそく液を一階のキッチンへと持ち込んだ。
◇◇◇
それから数時間。すっかり作業で夕暮れになった。
骨は脱臭魔術をかけた場所でぐつぐつと煮込んで豚骨もといオークスープを作成中。
串刺しオーク肉塊は無事にクリフォードさんの魔術でグリルされ、さっそく端っこをこそぎ落として食べることにした。
キッチンでお皿に取り、少しずつ試食。
「お肉に作用した結果、食べても私たちへの効果はほぼないですね」
「不思議ですね。一つ一つばらばらなら、飲んだ側に効果があるのに」
美味しいものを食べながら、沈黙。
私はクリフォードさんの横顔を見た。
「……言いたいことがあるならはっきり言ってくださいよ」
彼の金の瞳がこちらを見る。
「……気になってるんでしょ? 聖猫族がスタンピードと関係あるか」
「あなたは割となんでもお見通しですね」
「パパがあんまりふざけないのは、難しい事考えてるときの癖にゃ」
「さすが愛娘。……ミルシェットさんが関わっているとは思っていないのですが……別の聖猫族の目撃情報、そしてスタンピード……ちょうど同時期だな、と」
クリフォードさんは肉の追加をごりごりと削り、私の分と二人分よそいながら語る。
「ここ最近、地元スレディバルのお客さんが減った事に気付いていますか?」
「……そういえば」
「店が飽きられたのか、噂の影響かと思っていたのですが……どうも、少しずつ農地に影響が出ているようなのですよ」
私は思わず顔を見た。彼は頷いた。
「魔物だけではなく、瘴気を持たない普通の動物や虫にも最近は異常が起きているようです。やけに増えたり、もしくは木も例年とは違うスピードで伸びていたり」
「それは……」
「魔力の影響ではないのは私の分析で間違いありません。……既存の魔力の影響ではない、というのはね」
「わたしのポーションと一緒、にゃ」
「ええ。聖猫族は元々人間とは違うやり方でポーションを作れるのです、聖猫族だけの、まだ広く知られていない秘密があってもおかしくありません。試したことがあるのですが、あなたがポーションを作るのに必要な条件は二つ。ひとつは道具をしっかり揃えること、そしてもうひとつは、あなたの意識があること」
「にゃー、そんな事を試していたんですね」
私は納得しかけたけれど、聞き捨てならない箇所に気付いてしまった。
「待ってくださいパパ、さてはわたしが寝てるときにポーション作らせようとしましたねっ」
「ふふふ、まあとにかくここでの要点は『既存の魔力の影響』以外の作用で異常が起きている可能性について、です」
「に"ゃ"ー」
私がうなっても構わず、クリフォードさんは話を続ける。
「ミルシェットさんも気になることはありませんか? どんな小さな事でも構いません」
「そう言われてもわたし、ただの猫ですし」
ぶーっとふくれ面になった私を、クリフォードさんはじっと見る。
「あなたの洞察力や知識は、ただの子どもではありませんよね?」
その視線は、出会った頃を思い出す眼差しだった。
全てを見透かそうとするような、研究者気質な好奇心をはらんだ眼差し。
「にゃ……」
怯んだ私に、更にクリフォードさんはずずいと来る。
「前々から気になっていましたし、一緒に暮らしてさらに興味深く感じています。あなたは何を知っているのですか? ……何か、あなたはこの世界の摂理の道筋が見えているのでは、と思うときがあるのですよ」
「にゃ、にゃにゃにゃ」
「さあさあさあ教えてくださいよ、教えてくれないと守ることもできないじゃないですか」
「そんなものないにゃー!」
じりじり近づいてくるクリフォードさんにフーッと毛を逆立て、私は横をすり抜けて二階に逃げる。「あっ反抗期」というクリフォードさんの声が聞こえた。
部屋に戻り、扉を背中で閉めて、はあはあと息を整える。
「……わたしが前世の記憶もちの猫だとばれたら……なんだかすっごく気まずいし嫌だ!」
クリフォードさんと同年代か少し年下くらいの成人女性の記憶があるなんて!
こんな、にゃんにゃかと踊ったりにゃあにゃあ媚び媚びのかわいこぶりっこしてる私が!
「おおん! はずかしいにゃあ~!!!!」
ごろごろごろ。
そうして夜は更けていった。
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