不穏な目撃情報
――ネモリカのスタンピード事件から二週間後。
私はスレディバルで今まで通り『ねこねこカフェ』の看板猫ちゃんとして過ごしていた。
今日はランチタイムが終わった頃、シスターが足でドアを蹴り開ける。
「ミミ太郎! いいもん持ってきてやったぜ!」
「ぎゃーっ治安がわるいにゃっ」
こちらの悲鳴もなんのその、シスターは両肩に担いだ袋をそれぞれドカドカッと置く。
「えーとこっちがオーク肉の塊。こっちが骨な。またあのスープパスタ作ってくれよ」
「にゃーっ! もももももうだめにゃああ」
「何でだよ? 美味かったじゃねえか」
「みー」
私はテーブルの下に隠れてじたじたする。
名付けて『調子に乗った猫、うっかりポーションスープでバーサーカー』事件。
恥ずかしさといたたまれなさで一生思い出したくない。
「まあまあミルシェットさん、お客様なのでご案内を」
「はいい……」
クリフォードさんに促され、シスターを窓辺の席へとご案内。
そしていつものコーヒーを提供した。
美味しそうに喉を潤した後、シスターは私を見て反応を面白がるように言った。
「あれからも、噂はどんどん続いているぜ。――聖猫族の目撃情報が」
「にゃ」
クリフォードさんが手をふきふきやってくる。
「先日の聖猫族目撃情報は、例の女性らを見た誤解だったのではないですか? ほらあの、猫耳の髪飾りを売っていた」
片手をウィンプルの中にツッコミ、ふわふわの金髪をわしわしっと乱すシスター。
「俺もほっといてたんだけどよ。別のがいるらしいんだよ、そいつらいわく。ミミ太郎でもない別の聖猫族が。……俺の直感だが、噂だけじゃねえと思うぜ。ガセにしちゃ目撃例が多すぎる」
「信じたくないにゃあ」
私は頭を抱えた。
この間の事件も含め、私はなにかフラグを立てまくっている様な気がする。
本来は10年後の未来に起きるはずだったネモリカのスタンピードイベントが、『ねこポ』内のアリスちゃんと同じ方法でポーション作りをする私が来た途端に発生した。
そこでアリスちゃんと同じように図らずも、図らずも(強調)ポーションでスタンピードイベントを乗り越えてしまったばかりに、また私は何か良くないフラグを立ててしまったのかと心配なのだ。
(いやいやいや、この世界は大丈夫にゃ。だってアリスちゃんパパもママもご存命だし、ラメル商会もハッピーだし、シトラスさんも拗らせてないし、ビッグボスも元気にシスターやってるし今のところ全部解決にゃ! 全部……全、部……)
唯一。
『ねこポ』の世界での不幸フラグ――聖猫族全滅問題、ミルシェット死亡問題は解決されている感じがしない。不幸フラグが残ったままなのは、聖猫族だけだ。
(えっえっ、だからもしかして、聖猫族のフラグみたいなのが怒濤で回収……? それでこないだの失敗で余計に加速……にゃにゃにゃ)
うにうにと頭を抱える私。聖猫族の件は、『ねこポ』ではどんな回収のされ方をしていたかまったく分からない。だって攻略する前に死んじゃったから。
「不安なのですか? ミルシェットさん」
「み」
私は先日ネモリカのスタンピードの際、聖猫族という存在に関する奇妙さと不安についてクリフォードさんに共有していた。それを覚えていてくれたのだ。
「聖猫族がそのへんにいようといまいと、私はあなたの今のパパです。責任を持って、あなたの傍にいますよ」
「ま、まっとうなパパの言葉にゃ」
「それにご安心なさい。アリスちゃんもファルカさんもイーグルさんも、スレディバルの皆さんからの目撃情報はないのですから、まあなんとかなりますよ多分」
結局なんとかなるでまとめる所も含め、クリフォードさんらしい。
じっと考え込んでいた様子のシスターが、私をじろりと眇め見た。
「……聖猫族は、ネモリカの近くにだけ出てる可能性はないか? おいミミ太郎」
立ち上がり、シスターはぐいっとこちらに顔を近づける。
「お前スタンピードを誘発……なんてできねえよな?」
「にゃっ!?」
とんでもない言い掛かりに驚いて、毛がぶわわっと逆立つ。
「そんなことできないですし、そもそもそんなことやってどうなるんですか」
「や、俺も当然そう思うんだがな」
「おおお思うんなら聞かないでくださいよ」
シスターは足を組み替える。
「聖猫族関係の噂が出たり、実際にミミ太郎がネモリカに来たりした後に突然のスタンピードだろ? だから……」
ぐっと真剣な顔つきになり、私に顔を寄せるシスター。
私も固唾をのんでサングラスごしの瞳を見つめる。
「だ、だから?」
「聖猫族の可愛さを一目拝みたくてイナゴが湧いてきたんじゃねえか、オークもファンだったんじゃねえか、みたいにへんなこと言う奴らがいるんだよ。割と大真面目に」
「ひ、ひえ……」
笑いながらシスターは私の頭をわしわし両手でかき回す。
「まあ酒の席の適当なほら話の域は出ねえがな、一応耳に入れとこうと思って」
「冗談じゃないにゃーー」
「ぎゃはははは、この間の俺らのステージからお前は人気者だからな。噂は諦めるしかねえよ」
「みえーっ」
ふとクリフォードさんを振り返ると、彼は意外にも険しい顔をしていた。
視線に気付き、クリフォードさんが肩をすくめる。
「ああ、いや……懸念がありまして……。あのオーク肉、ここであのスープ作ったら流石にきゅるるん♡カワイイこのお店のコンセプトから外れてしまうけど、いっそ肉を焼いて食べるコンセプトのカフェにしてもいいのかと」
ずこーっ。私は滑った。
「そっちの方の心配ですかっそんなのカフェじゃなくて焼き肉屋じゃないですかっ」
「なにおう飽きられる前に定期的にまったく違う店舗に変えるのも経営術ですよっ」
「じゃあ次は白い鯛焼き屋さんでもタピオカ屋でもやっちまえにゃーっ」
言い合う私とクリフォードさんを眺め、シスターは立ち上がる。
「楽しそうで何よりだよ。ま、俺は伝えたからな」
私の頭をもふもふっと撫で回して立ち、シスターはお会計をして去って行った。
残ったのは、とにかく大量のお肉、お肉、お肉。
クリフォードさんと私で、しばし沈黙。
「うーん……やっぱり焼き肉屋になるしかありませんか」
「この量一気に食べきれるわけないにゃ。こうなったらスパイスにつけ込んで焼いて食べるのが一番にゃ」
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