ファルカ視点
昼食時が近づいてきたころ。
ラメル商会の現商会長、ファルカは荷馬車を降り街道沿いの休憩所で休むことにした。
渓谷の川沿いの木陰に小さなベンチがいくつかおいてある、ギルドが手入れをしている休憩所だ。ファルカはそこの湧き水で全員分の水筒を満たすと蓋をする。
そしてベンチの横に並べた上で、自分も隣に座った。
今日は弟のイーグルと社員三名と一緒にネモリカ近くの集落へと向かい、その帰りだ。
他は荷馬車にいるので、ここに来ているのはファルカだけ。
ファルカは忙しい。弟のため亡き両親のため愛する婚約者との幸福な未来のため、今日も元気に働いている。肩書きこそ「商会長」と格好よく、色んな珍しい品を揃えているので知る人ぞ知る商会ではあるが規模はそう大きくない。いち行商人から町の人々の生活に寄り添うことで存続してきた、両親の経営理念と方針を今も守っているからだ。
彼女は辺りをきょろきょろと確認していたが、誰もいないと分かると肩を落とし、手首に巻いたバンダナを外す。
「今日もいないみたいだな、ミルシェットちゃん。でもアタシ、絶対みつけてやるからね」
そんな彼女の心の支え、それは。
「えへへ……ほんとふわふわで可愛いったらありゃしねえ……」
彼女の手首には、三つ編みに編まれた革紐のブレスレットが巻かれている。まだ真新しいそれの端っこには小指の爪の先ほどの、ファーのアクセサリーがくっついている。獣の抜け毛をくるくるっと丸めてボンボンにしたようなものに、さらに小さなリボンをつけた大変愛らしいものだ。
彼女はそれをしばらく眺めると、外れないようにブレスレットごとバンダナで丁寧にしまう。よほど大事らしい。何がついているのか。
「商人のかた。そのアクセサリーは可愛いな」
そこに、同じ休憩中の人が話しかけてきた。
顎に髭を生やした、小柄な年齢不詳の男性だ。
髭や眼差し、声の低さには三十歳過ぎに見える落ち着きもありながら、肌の張りや肉付きは二十歳の青年にも見える。
「うさぎのしっぽの守りだろうか?」
「違うよ、猫の抜け毛さ。アタシのちいさな友達がくれたんだ。小さくて可愛くて、頼もしい恩人さ」
「ほう」
そこに、イーグルがやってきた。
「ほら姉さん、いくっすよ。まったく俺にばっかりまかせて」
「ごめんごめん。でもほら、アタシは野良猫探ししなきゃいけないからね!」
ファルカの言葉にイーグルは肩をすくめる。
「あの子の噂に尾ひれがついてるだけだと思うっすけどね。だってこの街道毎日爆走してる俺らが気付いてないの、絶対嘘じゃん」
「夢がないなあイーグル」
ファルカとイーグルの会話に男性はじっと耳を傾けている。
彼に向かってファルカが水を向けた。
「あんたは知ってる? この辺で野良の聖猫族が見つかるって噂」
「ほう、そんなものが」
「おにーさん、見たことないっすかね? こんなところにいるわけないと思うんすけど」
男性は落ち着き払った様子で、二人の目をじっと見つめて尋ねる。
「どうして見つけたいのかい?」
ファルカは当然とばかりに口を開く。
「だってそりゃあ……」
しかしそれを言う前に、荷馬車の方から男性社員の呼ぶ声がした。
「商会長! そろそろ行かねえと道が混んでるみたいっすよー!」
自然な流れで三人は会釈しあう。背を向けたイーグルに男性が声をかけた。
「君。水筒忘れているよ」
「おっといけねえ、ありがとうございます!」
それからファルカとイーグルは荷馬車へと向かい、乗り込んだ。
つつがなく帰路についてしばらくしたころ、荷馬車の後ろにすわったイーグルは、隣にいるファルカにぽつりと呟いた。
「姉さん」
「ん?」
「……あの男の人、どっかで見たことがある顔じゃ……なかったっすかね?」
しばらく考え込み、ファルカはあっと言う。
「どこかしらミルシェットちゃんに似てた気がする。なんとなくだけど」
これでも商人の端くれなので。二人とも人の顔の特徴を覚えるのは得意だ。
幼く見えたのは顔が猫っぽい骨格だからなのだと気付く。
二人は顔を見あわせ、少し真顔になる。
「……あの人知らない顔っすよね? 旅人っすかね?」
「旅慣れた雰囲気があったから、なんらかの装飾具の職人だと思っていたけど。ほら、材料を自分で調達する職人っているだろ、元冒険者だったりして」
二人はじっと考えつつ、手元に置いていた水筒の水を飲む。冷たく冷えていて美味しい。
「疲れてんすかね俺ら。異常に水がうまいっす」
「水分不足は気をつけてってミルシェットちゃんもいってたもんな。アタシも気をつけよ」
ごくごくと一気に水分を飲み干し、二人は再び馬車の揺れに身を任せて沈黙した。
そしてその後。
――二人は何故か、謎の男性と会ったこと、直接話したことの記憶を話題にしなくなる。
水筒は無論通常の(・・・)ポーションや毒に対して蓋の色が変わる作用が付与されている。王侯貴族が使うものほどの魔道具ではないが、旅人には必携の水筒だ。
特に蓋の色は変わっていない。
しかし、水筒の水を飲んだ前後で二人に何かしらの作用が起きたのは事実だった。
二人が永遠に、気付くことがなかったとしても。
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