ポーションなんてつくれにゃい
――それからは怒濤のようだった。
宮廷魔術局の人たちと冒険者のみなさんが、ダンジョンに行っては討伐を行う。
しかし数日経過してもまったくモンスターの勢いが落ちる気配がない。
オークが浅い階層まで溢れてきているので、まずはオーク対策が必要だ。
しかしイナゴの大群で恐慌状態になったオークは強く、そこを叩いて削り続けるのは消耗戦で。イナゴはイナゴでどんどん奥で羽化しているらしく、仮にオークを超強力な魔術でぶちのめしたとしても、その後イナゴがダンジョン全てを埋め尽くしてしまうかもしれないのだ。
ダンジョンは未知の魔力に満ちていて、慎重に討伐しなければならない。
そもそも難しいのは、ネモリカのダンジョンをなくすわけにはいかないということだ。
ネモリカの経済圏が全て潰えてしまう。
たとえて言うなら、畑に虫が出たからといって、畑に塩を撒いて燃やして消し炭にしちゃって使えなくしてしまうようなものだ。ダンジョンを殲滅するほどの討伐は環境破壊と同じ。ネモリカ一帯の経済圏に影響する危険性があるのだ。
膠着状態が続き、元気だった冒険者さんたちの士気はすっかり下がっている。
昼下がり。
「あー、全部ぶっ潰してえ、なんなんだこのクソみたいな状況はまだるっこしい」
治癒疲れのシスターが、私たちの拠点と化した宿屋の食堂の椅子にぐったりしながら視線の先のシトラスさんに問う。
「小僧。いつも偉そうな事言ってるけど、全部を一気にぶったたいたり出来ないのかよ」
窓辺に立つシトラスさんは険しい顔をしていた。
「やりたいけどね。危険性の調査には時間がかかるし手続きがいる。宮廷魔術局の承認なしにどかーんってやっちゃうと、後から監査が入るし」
「意外とみみっちいことやってんな、珍しい」
シスターが怪訝そうに片眉をあげる。
「小僧てめえ、俺の闇カジノを破壊したときはめちゃくちゃやってくれたくせによ」
「あのときと状況が違うちゃ。先生とミルシェット、そしてあんたを守るためやろがちゃ」
「俺も?」
「そう」
シトラスさんは肩をすくめる。
「僕が穏便に済まさんと、ここに居合わせた冒険者も民間人も皆面倒なチェックを受けることになるんやが? シスターも当然探られたくない腹はあるやろ?」
意図を理解したらしく、シスターは懐を探って紙煙草を出し、フィルターを噛みながら吸って溜息を吐いた。
「……ったく、めんどくせえなあ」
「僕だってさっさとなんとかしたい。……したいさ」
シトラスさんがきゅっと唇を噛む。私ははっと気付いた。
彼はこんな魔物や権力の顔色を窺うような状況、本来なら従いたくないに決まっている。
魔物に蹂躙されて今も復興の遂げられていない土地、サイハテ出身なのだから。
「……わかったよ」
黙っていたシスターが、己に回復魔法をかけて立ち上がる。
「俺もいい加減後方支援は飽きてきた。ちょっとぶっ放しに行ってくらあ」
「待てちゃ、今は回復できるシスターのあんたは中に入らん方が」
「小僧、てめえがぶっ飛ばせねえ代わりに俺がやってくるっつってんだよ。黙ってろ」
そう言うとシスターはモーニングスターを握り、宿屋を出て行く。
窓から外を見ると、ぶりっこでお兄さんたちの士気を上げ、皆で一斉にダンジョンに向かっていく。その背中は頼もしい。
シトラスさんを見上げると、耳の端が赤かった。……嬉しいのだろう、気遣いが。
「僕も手をこまねいてなんかいられないな。もっと上に掛け合ってくる」
「にゃ! わたしも……パパの様子、見てくるにゃ!」
シトラスさんと別れ、私はてちてっと宿屋の客室へと戻る。
そしてズタ袋を被ったクリフォードさんの頭からズタ袋をひったくる。
「ほんと、なにしてんですかパパは」
「これも意味があるんですよ、魔力を確かめていたんですよう。ほらここ、普段のカフェと違って魔術が使いやすいように特化してないですから。こうして孤独な環境を作って索敵とか魔物の量を調べたり、色々です」
「なるほど……」
つまりクリフォードさんは情報を持っているということだ。
「パパ。実際問題、ここの冒険者と魔術師だけで解決って出来そうですか?」
「難しいでしょうね」
クリフォードさんは険しい顔だ。
「ネモリカのダンジョンは基本的に中堅レベルの冒険者向けで、高ランク冒険者は存在しません。魔術師の質も見たのですが、シトラス――『嵐』レベルは当然皆無。今は実戦経験の劣る前線に出たことのない貴族魔術師しか来ていません」
「そんな……じゃあここはどうなっちゃうんです」
「最悪スタンピードが深刻化して、この街が破壊され尽くした頃になれば報酬も上がるので、スレディバルまで届かない程度で……鎮圧完了、くらいが現実的でしょうね」
それじゃ手遅れ過ぎる。
ダンジョン街としてのネモリカの状況は宿場町スレディバルに大きく影響する。
ネモリカが壊滅すれば都市ケーラからスレディバルを通過し、ネモリカに続く経済の流れが断たれるということで。そうなればスレディバルの人たちもこれまで通りの生活は送れなくなり。『ねこのねどこ亭』のアリスちゃんちは大打撃だ。
私は改めて、食堂内や外を歩く冒険者さんたちを見た。
疲れと苛立ちで、みんなギスギスしている。
私はその景色にデジャブを感じた。前世で電車が止まって、いつ復旧するか分からなくて駅に缶詰になった人たちの中にいるときの感じだ。皆イライラしていて疲れていて、神経がボロボロになっている。
「ねえ、ミルシェットさん」
クリフォードさんが視線を窓の外に向けながらぽつりと言う。
「冒険者たちが、一気にポンと元気になって魔物討伐してくれたら助かるんですけどね」
「にゃ」
「魔術師達が手をこまねいている一番の理由は、どれだけの魔力が必要かが見定められないからです。無尽蔵にポーションで魔力を回復したりできるならなんとかなるんですが、そういうわけにもいきませんからね」
「なるほど……」
「で仮にですよ? あなたがここでささっとポーションを作って、みんなを元気にしたら……すぐに問題解決しそうですよね」
何を言われているのか、一瞬分からなかった。私はすぐににゃにゃにゃと否定する。
「だめですにゃ! そんなことをしたら色々終わりにゃ!」
「そこをなんとか! ほらほら、皆困ってますよ!」
「パパたる人がなんつーことを!」
確かにゲームではアリスちゃんがポーションを作りまくって支援しまくるから、皆ばりばり働けてスタンピードをなんとかできたけど。
私の場合はそれができない。密造だし、目立ちたくないし。
というか、本能的な恐れで作りたくない。
(だって『ねこポ』と似たシナリオで、アリスちゃんと同じようにポーションを作っちゃったら……そのまま、聖猫族のピンチに繋がりそうで怖い……あれ?)
私は頬をぺちっと叩く。
(シナリオ、結局クリアしてないから……思い出せない……!?)
死ぬ直前にプレイしていたからか、シナリオの記憶がおぼろげだ。
「ミルシェットさん。……私を誰だと思っているんです。天才魔術師ですよ」
「クリフォードさん……」
「大丈夫。なんとかごまかしますので。私が作ったことにしちゃってもいいですしね!」
「宮廷魔術局に見つかって戻ることになっちゃいます。第二の人生が駄目になりますよ!」
「娘のためならまあ、ちょっと顔出してくるくらい問題ありません」
ピースサインをつくるクリフォードさん。
私は頭がくらくらする。不安が胸いっぱいに競り上がる。
――私は、また家族を失いかけてる!
「嫌です。だって、それでまた、家族がばらばらになるのは嫌です!」
気付けば、私は心からの本音を吐露していた。
クリフォードさんの腕を掴んで、驚いた金の目を見て、必死に訴える。
「駄目です。ビッグボスも、パパも、せっかく新しい人生始めてるのに。私を守ってくれてるのに。みんなで楽しいのに、それが私の密造ポーションで壊れちゃうかもしれないの、すっごく嫌です! それなら私が堂々と密造猫だと明かして、滅亡させられるにゃ!」
「ミルシェットさん……」
感情的に吐露したら、すうっと気持ちが落ち着いていくのを感じた。
ぱんぱんになっていた頭が冷えていく。
「……でも、このままじゃここが駄目になるのは事実ですよね」
私は考えた。必死に考えた。
前世私が、くたくたになったときには何をしたか。何が必要だったか。
(エナドリ一気……違う違うポーションと一緒にゃ! 何か……何か記憶を探って!)
そういえば。職場のベンチに寝転がりながら、SNSを眺めている夜にどこかで……。
『疲れ取れない奴、このままだと終わるぞ。電解質バランス崩れてるだけ。塩分とマグネシウム補給しないと慢性疲労まっしぐら。手遅れになる前に水と塩摂れ』
(ああこれ、よくある「このままじゃ駄目」って煽ってくる系健康ハック投稿……)
本当にそんなものか?
と思いつつ、確かに塩飴をなめて多少元気が出た経験がある。
冒険者の人たちは皆汗をかいているし、水分補給の概念もない。アルコールばっかり吞んでいるし、プラシーボ効果も利用していい効果があるかもしれない!
この世界はまだそういう栄養学がない! その場しのぎには、いけるかも!
(それならば、ポーションとして飲ませるのはこれで十分……そして……)
私は次々と、この状況の解決策がひらめいていく。
空を見上げる。曇り空は時折日が差して、いわゆる天使のはしごが生じている。
「どうしましたミルシェットさん?」
クリフォードさんがこちらを心配そうに覗き込んでいる。
そこにシスターも帰ってきた。
「だめだ、今はまだダンジョン前に混乱した連中が集まってる。後で出る」
「シスターもちょうど良かったにゃ!」
「お、おう?」
きょとんとする二人に、私は訴えた!
「力を貸してください。ここは思い込みの力に、頼るにゃ!」
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