頼れるシトラスさん降臨にゃ
私たちはとぼとぼと宿屋へ戻る。
宿屋は私たちのように封鎖されて閉じ込められた旅人や冒険者が、困惑してロビーに集まっていた。
私はその中で見知ったポニーテールを見た。
「ファルカさん! イーグルさん!」
「二人も閉じ込められたのか!」
駆け寄ってくる。
「ああああ吸わせてえええミルシェットちゃん!!!」
「にゃー」
私を抱きしめ頬ずりするファルカさん。私の頭に顔を埋めてスーハーしている。
「はああ……ねこのにおい……おひさまのにおい……癒やされる……」
ひとしきり猫吸いして落ち着いたファルカさんに、クリフォードさんが尋ねた。
「あなた方もここから出られなくなったのですか」
「ああ。アタシ達もしばらくはネモリカに待機して討伐隊の支援をしろってさ」
肩をすくめ、困った風のファルカさん。
ともあれ私たちは知り合い同士で集まり、しばらく宿屋で状況を確認することにした。宿屋の食堂には同じような状況で缶詰状態になった冒険者たちが溢れていた。
使い込まれた木の丸テーブルに、見知った顔同士で輪を作っている。
時折、情報を持ち込んだ人が食堂の中に飛び込んできてはざわめく。
「ふむ……どうやらスタンピードは本当のようですね」
人々の喧噪に耳を澄ませていたクリフォードさんが、顎を撫でて呟く。
それ以上の詳しい情報は冒険者に与えられないまま、時間だけが過ぎていく。
だんだん眠くなってきたので、私はテーブルに突っ伏して目を閉じた。
「はあはあ、ミミミミルシェットちゃん触っていいかい」
「みー」
興奮した変態さんに鳴き声で答えつつ、私は眠りながら前世の記憶、『ねこポ』の設定を思い出そうとしていた。
ダンジョンの中がどんなところなのかは、実は私もよく知らない。
『ねこポ』の世界において、主人公アリスちゃんはダンジョン内までは入らなかったからだ。知っているのはネモリカのダンジョンが20層までの中規模のダンジョンに類するものだということだけで。
(そういえば、いろんなことがゲーム内の時間軸とずれてるよね。ゲーム内だと10年後、アリスちゃんが『ねこポ』で活躍する時代になって初めてスタンピードが起きてるし。うーん……なにか理由がある? ええと、あのゲームの世界と、今のこの現状の共通点は……。うーん、わからん……)
頭をなでなでされる心地よさにうとうとするけれど、思考はちっともまとまらない。
(アリスちゃんも別にポーション作ってないし、ゲーム内では死んでた私も生きてるし……ちょっとした違いが大きな違いになる、なんだっけ、バタフライエフェクトってやつかなー)
もやもやと考えているあいだに、私の頭上で大人達は情報を飛び交わせている。
スタンピード発生は最深階。
モンスターイナゴが大量発生し、次々と数の力でモンスター達を食らいつくし、上まで登ってきているという。
今はまだ出入り口まで到達しているのは少数。
しかし深階層から逃げ出してきたオークが上層部に上がってきて、一階から飛び出してきそうになっているのだという。
ダンジョン入り口の門は閉じられ、現在門番達が魔術で押さえているらしい。
異常事態になった場合、ネモリカの冒険者だけの判断で行動はできない。
有事として街は封鎖され、現在宮廷からの派遣を待っている状態だという。
それらは全て、『ねこポ』のシナリオと同じだ。
(ゲーム内ではポーション屋さんも派遣命令で動く立場だから、アリスちゃんも要請でネモリカに来ていたけど。今回アリスちゃんはポーション作ってないし、ここにはポーション作れる私がいる……)
引っかかるものを感じる。
気付かないうちに何かのフラグスイッチを押したような。運命が、動いていくような。
その時、ぼやく声が私の耳に届いた。
「疲れた……いくらなんでも、いきなり冒険者が集まりすぎだよ」
店員さんの声だ。
そうか、ずっと休みなしなのだ。
ぴょんと椅子を降り、てちてち近寄る。そしてぴょこっと顔を出した。
「あの! うちの食材余ってるので、今日のお昼はあるだけ振る舞ってもいいですか?」
「いいのかい? しかし何も返せんが」
困惑気味のおやじさん。
すると後ろから、ぬっと人が近づく気配がした。黒髪がカーテンみたいに頭に落ちてくる。クリフォードさんだ。
勝手なことをする私をとがめに来たのかと思えば、彼はにっこにこでこう続けた。
「いえいえとんでもない、礼など結構です。困った時はお互い様というものです」
「だが……」
ただより怖い物は無いといったようすのおやじさん。クリフォードさんは続けた。
「ちょっとだけお借りしたいものがあるだけです。なに、きちんとクリーニングしてお返しします」
それから私たちは簡易的なハンバーガーを作り、店員さんにもお礼に振る舞った。
ほんのちょっとポーションを作ってあげようとも思ったけれど、これから宮廷魔術師がくると思うと、迂闘なことはできない。
背中をとんとんふみふみ。
するとシスターが彼らをこっそり回復させてくれた。
ありがとうにゃ。
クリフォードさんが借りたものは鼻眼鏡とアフロの金髪カツラ。
さっそく装着したパパは、もう別人としか言いようがない珍妙な男になっていた。
しばらくして、誰かが窓の外を見て叫んだ。
「魔術師だ!」
私も不安になりつつ窓の外を見る。
銀色の見慣れた男の子がきていた。
「シトラスさん!」
「対策本部の指揮権は僕がもぎ取りました。ここの全権指揮は『嵐』が承ります」
銀色で眩しいシトラスさんの後ろから、ぞろぞろと同じ灰色の装束を纏った宮廷魔術師が続いてくる。魔術騎士らしい人たちが、全員に声高に命じた。
「これからは我々宮廷魔術局が統括する! この場の者たちは我々の指示に従うように!」
それから彼らは次々とネモリカの街に散り、各一般人たちを部門ごとに招集してスタンピード鎮圧の準備を始めた。
宿につかつかと怖い人たちがやってくる。
「ぴえ」
私がテーブルの下に隠れていると、さっそく覗き込んでくる。
「ここにいるのは聖猫族か?」
「めずらしいな、顔を見せてみろ。親は?」
完全に興味本位の様子で、手のひらを上にして手を伸ばしてくる彼ら。
立場上怖くて、私はぷるぷる震えて後ずさる。
するとファルカさんがさっとあいだに入ってくれた。
「なにやってるんだい、怖がってるじゃないか。この子はただの一般人だよ」
「お前が……母親か?」
「違う違う。アタシはファルカ・ラメル。ラメル商会の商会長さ」
ファルカさんの言葉に、彼らはおお……と目を見張る。
「ケーラ地区で新しいもの、珍しいものを仕入れたいときはラメル商会と言われるあのラメル商会か」
「覚えていてくれてどうも。彼女は身元もしっかりした可愛い子さ。アタシが保証するよ」
その言葉に私はじーんとした。
「ふぁ、ファルカさん……」
ふと保護者はどこにいるかと周りを見れば、掃除道具入れに頭を突っ込んでおしりだけをはみ出させている。見なかったことに、見なかったことにするしかない。
「こら、そこ。この宿は僕が拠点にするち言うたやろが」
シトラスさんが早足でこちらにやってくる。彼らは慌てた様子で一礼する。
「その子の保護者も僕が把握している。お前達はダンジョン先遣隊の編成に向かえ」
「はっ」
彼らは去って行く。
ひょこっと、シトラスさんはこちらを覗き込んで手を伸ばしてくれた。
「み、みー……」
手を繋いでテーブルの下から出ると、店の人が私とシトラスさんにお冷やをくれた。
「もう大丈夫、僕がおるけ。ミルシェットのことは。先生は……」
シトラスさんは視線を巡らせクリフォードさんを見て、冷ややかな真顔になる。
「……あの人の事は忘れよっか、とりあえず今後については僕がいるから安心して」




