スタンピード、そして逃げられない街
翌朝、私は騒々しい物音に目を覚ます。
ずしん……ドカン……ずずずずず……と、明らかに不穏な音がダンジョンの方角から響いている。窓枠がカタカタと揺れ、地響きが激しい。
「な、何が起こってるにゃ!? パパ……クリフォードさん、クリフォードさん」
名前を呼んできょろきょろすると、パパはベッドから転がり落ちて寝ていた。
「起きて起きてにゃ、なんか変だにゃ」
「むにゃむにゃ」
髪はボッサボサでよだれまみれでだらしなく寝るクリフォードさん。平泳ぎのようなよく分からないポージングでじたばたしている。
朝日に寝乱れたイケメンのはずなのに、あまりに汚い。
これと一緒に寝ていたのかと思うと呆れるけれど、それはそうとして頬をぺちぺち叩く。
「起きてください、もう日が昇ってます。それになんだかざわざわしてて」
「えー、ちょっと待ってください、眼鏡眼鏡……ちがうちがうちがう……なんか変ですね」
「それスリッパにゃ! んもー」
枕元のモノクルをかけてあげると、ようやくクリフォードさんが身を起こす。
そして一緒に両側からカーテンを開き、窓の外を見た。
窓の外、ネモリカの往来には装備を身につけた大量の冒険者がひしめき合っている。彼らは皆必死の形相だ。
私たちは同時にお互いの顔を見た。
「クリフォードさん、これは」
「嫌な予感がしますね、今日は店じまいでさっさと逃げましょう」
「にゃ!? 逃げるんですか? なにか様子見たりしなくていいんです?」
「あなた、自分の状況忘れてるんですか」
びし、とクリフォードさんは私を指さす。
「ビッグボスがシスターになったからといってあなたの密造ポーションが無罪になった訳じゃ無いんですから」
「ぎゃ」
「大騒ぎになったら宮廷魔術師や警邏騎士が派遣されます」
「み、みい……」
「私だって、シトラスと和解したとはいえ宮廷魔術局の職を飛んだ身です。行きますよ」
クリフォードさんが言った途端に全身が淡く輝き、ぼさぼさの髪はさらさらに、脂ぎった無精髭ヅラはつやつやになる。
「えっずるい」
シスターが使う神聖魔術と同系統の魔術だ。そういえば聖水も作れるような人だったな。
両立が難しい魔術師のスキルも聖職者のスキルも持ち合わせている、クリフォードさんにしかできない天才魔術だ。すごい。
「天才パパ、わたしにもして欲しいにゃ」
「んふふ、頼られるのは気分がよいですね。それー」
途端に全身を、清涼効果のあるボディソープで洗い流したようなすっきりした感じが襲う。
「みー、なんだかハッカスプレーみたいだにゃ」
「水精霊ウンディーネでの食器洗いに、聖水を混ぜたらこうなるんですよ~」
そうして私たちは荷物をまとめて部屋を全力で飛び出す。
既に宿屋の受付やロビーも物々しい雰囲気になっていた。
私たちは誰とも目を合わさないように受付まで向かう。
前金で宿泊料は払っているので、あとは鍵さえ返せば逃げられる!
私は真剣な顔をしたクリフォードさんから鍵を受け取り、こっそりと見つからないように鍵を受付の上に置く。
よし、見とがめられてない!
安堵のまま、出入り口まで向かったクリフォードさんを追いかけようとすると、体がふわっと浮かんだ。
「にゃっ」
つまみあげてきたのは、色っぽグラサンのシスターだ。
そういえばシスターも同じ宿に泊まっていた!
「なぁにコソコソやってんだ、ミミ太郎」
「ビッ……シスター! ああああの、わたし、急いでて」
「あ? スタンピードが起きててんやわんやの時になにいってんだ」
「スタッ」
その単語に私は青ざめる。
頭の中に、急に『ねこポ』の記憶が蘇った。
――ゲーム内において、ネモリカでは定期的に『ネモリカダンジョン祭り!』というイベントが開催されていた。プレイヤーはアリスちゃんとしてネモリカに出張し、ポーション屋で商品を売りさばく。売上ランキングで特別なアイテムが貰えるというものだ。
イベントでは毎回、魔物がスタンピードする設定になっていて、プレイヤーからは「なんで毎回スタンピードするんだよ草」「管理ずさんすぎでは?」と突っ込まれていたりした。
プレイヤーの声を運営も気にしたのか、私がプレイした最後の『ネモリカダンジョン祭り!』ではスタンピード多発の理由に伏線が張られていた覚えがある。
ふと、もやっとしたものが胸をよぎる。
(……あれ? その伏線って……)
思い出そうとした瞬間。
隣のクリフォードさんが無視できないほど騒ぎ始めた。
「おおーっと! ミルシェットさんっ! 何をしてますかっ! ほら、色々……色々あるからいきますよっ! ではっ!」
「あっおい」
クリフォードさんが私をかっさらい、宿屋から飛び出す。
「クリフォードさん! スタンピードですって! スタンピード! まずいにゃ!」
「国が動く前に逃げましょう、色々やってきます!」
「みーっ」
裏に止めていた屋台に荷物をがしゃがしゃと積み込んで、私は荷台に飛び乗る。
「ええい、馬を用意してる暇はないですよ! 私が馬になりましょうっ! ヒヒーン!」
そう言って鼻息荒く、クリフォードさんが屋台を引いて駆け出す。
「んごおおおおお」
「にゃーっ!!」
魔術を使っているのだろう、クリフォードさんのヒョロさからは想像も付かない勢いで街の入り口まで向かう!
ネモリカの街はダンジョン街。そのため外部に出入りできるのは東西の街道だけで、他の場所は役人の見張りが立っていて、道にも検問がある。
「はっ通行証通行証」
検問で手間取っては面倒だ。私はいそいで荷物を探り、通行証を出す。
前世のETCよろしく、ささっと入り口を通過するためだ!
だが私の行動は無駄に終わる。街道は封鎖されていたのだ。
役人とクリフォードさんが会話しているのを、私は荷台からどきどきしつつ見守る。
うっすらと声が聞こえてきた。
「お前は飲食店の営業許可を得ているだろう。ネモリカで飲食業を営む業者は有事に協力するのが許可要項に書かれてる」
あちゃーと、私は頭をかかえる。
クリフォードさんは「この町の人間じゃないんですよぉ」「えーんおねがい」「私の美貌に免じて」なんて色々言っていたが、封鎖の先には行けなかった。
「……ミルシェットさん、戻りましょう」
「そうするしかなさそうですね……」




