「責任を持って、あなたの傍にいますよ」
結局、閉店まで聖猫族の目撃情報は一つも得られなかった。
クリフォードさんが片付けながら言う。
「おそらく、あの人達の猫耳が噂になって聖猫族の誤情報になっていたのでしょうねえ」
「色んな人がお客さんとして来るから、聖猫族と会うこともあるかなとも思ったんですが」
「『凪』の私でもここ数年は見てませんでしたからね、貴族の家でも」
――聖猫族。
当たり前にそこにいたのに、気付けば少しずつ見かけなくなって消えた存在。
例えば家があったはずなのに空き地になった途端、何があったか思い出せなくなるように、聖猫族はこの世界から少しずつ姿を消しているのだ。
(もしかして、ゲームの中で絶滅した……って言っていたのも、こんな風にじわじわと消えていったことを意味していた……のかなあ)
急に私はぽっかりとさみしい気持ちになる。
と、その時。
「……むむっ! さみしそうな猫ちゃんの気を感じるっ!!!!!」
「気!? なんすか姉さん、気って……うわあああ!!!」
ドドドドド。凄い圧とともに、誰かが砂埃を立ててやってくる!
それは見慣れた赤毛のポニーテール! 後ろから慌ててついてくる少年も赤毛!
「にゃーっ!!!」
「ミルシェットちゃん!!!!」
ずさーっ。
ファルカさんがスライディングしながら私をキャッチし、ハグしてごろごろと転がる。
「に"ゃ"あ"あ"あ"あ"」
「はー、ミルシェットちゃんめっちゃ吸いたかった。あーかわいいー、はううう、かわいいよおお」
苦しい。完全にさっきまでの切なさがぶっとんだ。
先ほどのお姉さん達と近いパワー系のかわいがりかたなのに、ファルカさんに猫吸いされるのはそこまで嫌じゃないのはなんでだろう。この人は別に毛皮を剝ぎそうな目で見てこないからかもしれない。
「ふぁ、ファルカさんお疲れ様ですにゃ」
「ああ~♡ 五臓六腑に染み渡るぅ♡」
ご褒美に気絶するファルカさん。後ろからついてきていたイーグルさんにひっぺがされる。
気を取り直して私がお茶を淹れると、二人は椅子に座ってほっと息をついた。
話題は勿論、聖猫族の目撃情報の話だ。
「聖猫族の話、あの猫耳カチューシャ屋以外はきかないねえ」
「やっぱりそうなんですね」
クリフォードさんと私はやっぱりと、顔を見あわせた。
◇◇◇
夜。
あいかわらずのふたりっきりの六人部屋のベッドで、私はうまく寝付けずにいた。
隣のベッドをちらりと見ると、クリフォードさんは熟睡しているようだ。
溜息をついて逆向きに横たわり、目を閉じる。
「聖猫族……やっぱり、どこかに隠れてるのかなあ」
計画的に消えて、いつの間にか人々から忘れられている種族。
それなら辻褄があうなと思ってしまったのだ。
呟いたのち、妙な気配を感じる。
目を開くとクリフォードさんが面前にいた。
「に"ゃ」
思わず叫びそうになったが、夜なので口を閉じる。
いつの間にか真横に来ていたクリフォードさんが、ぐいぐいとこちらに顔を寄せてくる。
「どどどどうしたんですかにゃパパ寝てくださいにゃ寝ないと老けるにゃほうれい線が出来るにゃ肌荒れするにゃ」
「老けようがナイスミドルになるだけなので問題ありません、そんなことより教えてください何か気になる『やっぱり』でしたね? 何か知っていないとでてこないフレーズですよね?」
「ききき気にしないでください」
「魔術師だからそういうのすっごく気になるんですよ~ねえ教えてください、お願いします、おーねーがーい、教えてくれるまでパパ寝かしませんよーっ」
「うえええ口滑らせちゃったにゃうざいにゃああ」
私は頭を抱えた。
まさか前世でプレイしたゲームの記憶にゃ! なんて言える訳もなし。
(いや……多少言っちゃってもいいかも)
どうせクリフォードさんは奇人変人なわけで、多少私が変なことを言ったとして気にはされないだろう。
私はおずおずと話を切り出した。
「あの……なんとなくの話として、聞いてくださいよ?」
「ええ、もちろんです」
深呼吸ののち、私は切り出した。
「聖猫族は、どこかにこっそり生きてると思うんです。というか生きてなかったら、私がケーラに捨てられるわけがないんです。お金持ちに飼われてる猫なら、そんなところに捨てるわけがないでしょう?」
クリフォードさんは顎を撫でる。
「確かに。聖猫族を養う趣味のある貴族が仔猫を外に捨てるはずなどないとは私も思います」
一部の聖猫族は飼い猫として貴族に囲われているけれど、彼ら彼女らに庶民の私が会えることは永遠にないだろう。クリフォードさん曰く、彼らは屋敷から一歩も出ることなく、繁殖の管理もされ、よくない病気にかからないように制限された人だけと会い、優しく、優しく愛玩されているらしいのだから。
前世の感覚で言う室内飼いの血統書付き猫ちゃんだ。野良猫の私とは訳が違う。
「じゃあ、こんなか弱い存在が単独で生きてるわけないじゃないですか」
「集団でどこかに潜伏してるんじゃないかと」
私は頷く。
「こっそり集落を作って生きてる聖猫族が、わたしを捨てたんだとしたら辻褄があいませんか? ……でも、そうなら」
「なら?」
続きの想像を自分で語るのは、ちょっとハードルが高い。
「なぜ、わたしに名前をつけて捨てたんです? 怪しくないですか? 変な意図を感じるというか……なーんか……そんな……」
私が沈黙しても、クリフォードさんは黙って続きを待ってくれる。
深呼吸をして、私は続けた。
「聖猫族って……可愛いだけの存在じゃ、無いような気がして……」
そう。
私は同種ながら、なぜだろう、聖猫族が不気味に思えてならないのだ。
にゃんにゃか踊ってポーションを作れるすごい力があるのに、誰もその力を知らない。
――知らないことになっている。
私以外の聖猫族は、もしかしてポーションを作れることも当然だったりしないだろうか。
色々、身を守るために隠している能力があるのではないだろうか。
「クリフォードさん、どう思います?」
じっと考え込んだ風のクリフォードさんに、私は尋ねる。
彼はじっと考えた後、私の頭をぽんぽんと撫でた。
「真相は私でもわかりません。ですがあなたの考えはよくわかりました」
そしてうっそりと、彼は微笑んだ。
「話してくれてありがとうございます。あとは寝て考えましょう。……すみません、無理に話させてしまって」
えらく殊勝な態度を取られて、私は目を瞬かせる。
「めっずらしいにゃ」
「私だって大人ですからね、一応」
クリフォードさんはちょっと背筋を伸ばして、私の手を取ってはっきりと告げた。
「ミルシェットさん。聖猫族がどんな存在だとしても、あなたのご両親がどんな猫さんであっても、私はあなたの今のパパです。責任を持って、あなたの傍にいますよ」
「クリフォード、さん……」
「あせらずとも大丈夫です、必要な情報は向こうからやってきます。必要なときにね。だから寝て忘れましょう、眠れないなら一緒のベッドで寝てあげますよ」
「みみみそこまで赤ちゃんじゃないにゃ、心配不要にゃ」
「まあまあそういわず、一緒に寝ましょう、ふふふほらパパがハグしてあげますぐー」
「あっ猫の体温で即落ちしたにゃ、この人!」
クリフォードさんの寝入りは早い。
薄目半開きで寝ている顔を眺めたのち、私はふっと肩の力を抜いた。
確かにクリフォードさんの言う通りだ。情報が少なすぎる状態で「嫌な予感」に振り回されるのは建設的じゃない。
目を閉じると、隣のいびきがいい感じに子守歌になる。
悲しいかな、ずっと騒がしかったり危険だったりの環境に生きてきたからか、保護者の気配が近くにあるほうが熟睡できるのだ。
「おやすみなさい、パパ」
私はそのまま、深い眠りに落ちていった。
――この夜以降、しばらくは穏やかな眠りなど来ないとは知らないままに。




