眠れない夜、まだ知らない明日
2巻4/10発売です!予約中にゃ~
「さあさあ、お二人さん!」
元気よくスパパンと手を叩いてクリフォードさんが乱入した。
「まかないをいただきましょう! 私が焼き損じたパンと肉、いーっぱいありますよ!」
手にもったお皿にはこげこげだったり半端な生焼けだったりするハンバーグと、しなしなだったり肉汁でぐちゃっとしていたり、いろいろ残念なパンが溢れている。
私はずっこけた。
「自信満々にいうことじゃないですにゃ、パパ!」
「ふふん、失敗を恐れていては上達しません。それはミルシェットさんもでしょ?」
「みみっ」
にやっと言われて痛いところを突かれた思いがする。
悔しいけれどクリフォードさんの言う通り。私もソースや味付け、試行錯誤で美味しくないものを色々作っている。クリフォードさんが大人げなくふふんと見下ろしてくる。が、ガキにゃ……。
「しゃーないね。ちょっと座って待っとって、僕が整えてやるけ」
シトラスさんがやれやれって感じでクリフォードさんの皿を受け取り、フライパンで改めてジュウジュウと焼いて、色々整えてくれている。
なんだかんだその横顔は楽しそうだ。世話を焼けるのが嬉しいんだろうな。
「うふふふふさすが私の弟子、有能でなによりです」
「なーにふんぞり返ってるにゃ」
「ふんぞり返ってるんじゃないですよ、立ち仕事が続いて腰がいたた」
「運動不足すぎにゃー!」
クリフォードさんとわいわい言ってると、そこに香水の匂いがふわっと香る。
振り返ると、金髪ナイスバディの爆美女シスターがいた。女体化したビッグボスだ。
「シスターのぶんのお昼のこしておいたにゃ」
「サンキューミミ太郎、やっぱり頼りになるのはお前だけだぜ♡」
ちゅぱちゅぱと頬にキスされて、私はなんとも言えない気持ちになる。
柔らかくていい匂いでふわふわだけど、中身はあの人なんだよな、ビッグボス。
シスターはクリフォードさんを見て、呆れた顔をした。
「なにへばってんだおっさん。まだ昼だぜ?」
「おっさんって言わないでくださいよお、まだ20代ですよ私。それに暑くて暑くて」
「やめりっちゃ、先生に事実を突きつけてもどうもならんとに」
「シトラスあなたも随分酷いですよ」
ふにゃふにゃのクリフォードさんに、シスターが「仕方ねえな」と手のひらをずいっと向ける。
「な、なんですか」
「黙ってろ。……『カミサマ、このおっさんの疲れを癒やしてくれ』」
次の瞬間、クリフォードさんがぶるっと身震いする。油でべたついた髪やてかてかになっていた肌が綺麗になっている。
「こ、これって……神聖魔術にゃ!?」
「うふん。使えるに決まってるでしょ? あたし結構有能なシスターなのよ」
「知ってはいますけどぉ」
ビッグボスは意外にもものすごく真面目に教会所属の冒険者シスターをやっている。面倒なケーラでの研修にもきちんと参加し、日々出来る神聖魔術も増えている。もともと『ドライブ』の身体強化ができる人なのだし何かを習得する才能はある人なのだ。それにしたって。
「酒と煙草とモーニングスターの聖職者、にゃあ……」
「神様は何も禁止なんざしてねえよ、クソみたいな世界に生きるいたいけな俺様たちに必要だから酒も煙草もお与えくださってんだろうが」
「そんな方向性で信仰心を強くして神聖魔術を上達させるってありなんや」
ウインクするシスターにドン引きするシトラスさん。
よろよろとクリフォードさんが腰をさすって近づいていく。
「ああー、シスター、この哀れな中年の腰痛にもお願いします」
「昼飯代がわりに一発だけな」
「んあ"あ"あ"あ"あ"♡ 筋肉がとき、ときほぐされて痛気持ちいい快楽があああ」
私とシトラスさんは顔を見あわせる。
「見んでやろっか」
「にゃ」
私たちは無の顔でハンバーガーと飲み物を用意してテーブルに差し出す。
その頃にはクリフォードさんはとろけきった顔で転がっていた。見ないことにしよう。
「いただきます、……んっ」
シスターがぱっといい顔をする。
「美味いじゃねえか。……これ、ポーション抜きか?」
「はい。なくても美味しいの作れるようになりたくて。ほら」
ごにょごにょと、耳元でポーションを外で使いたくない理由を話す。
合点したようにシスターは頷く。
「確かにな。俺の正体がバレても敵わねえし、用心にこしたこたねえな」
「みー」
「しっかしお前も成長してるな。俺の猫として誇らしいぜ」
「い、今はねこねこカフェの猫ですにゃー」
「だはは、喜んでるだろ? 耳としっぽでバレバレだぜ」
「みー」
褒められるのは素直に嬉しいので、なでなでされると尻尾がふにゃっとする。
ポーションに頼らず美味しいものを作れるようになったのは、素直に嬉しい。
同じメニューでも焼き方のコツを変えたり、味付けを変えたりするだけで評判がぐっとかわる。喜んでもらえるのが嬉しくて、もっと色々ためしてみたくなる。逆に失敗して微妙な反応を貰うこともあるけれど、ネモリカの人は素直なのでその感想も有り難い。
前世だって、みんなでお鍋を囲んだりするときに調味料をアレンジしたり味付けを変えてみて、わいわいと感想を貰うのは好きだった。誰かに喜んで貰うために工夫するのって、とても楽しい!
(あとは聖猫族の人にあえたらいいのになあ)
そのままシスターの膝に乗せられ、クリフォードさんのこげこげパンを食べながら思う。
私は『血の繋がった家族』を知らない。
今はクリフォードさんの娘だし、シトラスさんは兄弟子さんだしシスターは……ちょっと嫌な表現を敢えてするならば元飼い主と猫みたいな関係で。少なくとも、他人じゃなくて。
そんな私もたった一人で生まれた訳じゃない。
この世のどこかに、少なくとも血の繋がった聖猫族の人たちがいるはずなのだ。
(……会ってみたいなあ、と思ったけど難しそう)
会ったからってどうということはない。単純な興味だ。
でも、もし会ったら。私の両親がもし、生きていたら。
一体どんな風に私を思っているんだろう。
「どうしましたか? ミルシェットさん」
「み」
「ほらほら、口の周り零しとるちゃ」
苦笑いしながらシトラスさんが口を拭いてくれる。私を見つめる三人の瞳。
まあ、この生活があるから、聖猫族の事なんて考えなくていいか。
その後、シトラスさんはスレディバルに戻り、シスターは酒場、私とクリフォードさんは宿屋へと向かった。
「ではミルシェットさん、宿は一番高い部屋を選びますね」
「だめにゃ! 変なところでお金を使わないにゃ」
「えー、私綺麗なおふとんじゃないと寝れないのに」
「締められる財布は締めるにかぎるにゃっ、ねっ」
「もー」
宿屋は六人部屋のザコ部屋で、私とクリフォードさん以外は人がいなかった。
あいだにカーテンが挟んであり、寝具以外の家具はない。病院の六人部屋のようだ。
クリフォードさんがベッドに飛び込む。
「ひろびろ最高ですねーっあっベッドがチクチクするっあっ」
「うるさいにゃ」
私は窓際のベッドを陣取って、カーテンを開いて窓の外を眺める。
外は夜更けまで酒場が賑やかに明かりを灯している。
山を見ると、ダンジョンの入り口の所には常夜灯が灯され、寝ずの番をする役人さんの姿が照らし出されている。お疲れ様だ。
シャワーを浴びて身支度をして、ベッドに横たわって目を閉じる。
なんだかいつもと違う広々としたベッドで、落ち着かない。
「みー」
私が何度も寝返りをしていると、隣のベッドからクリフォードさんが話しかけてくる。
「一緒に寝ますか?」
「なんでまた」
「ここの夜は冷えます。だから眠れないのでしょう? 私と一緒なら眠れますよ」
「クリフォードさんが眠れないんでしょ」
「ぎく だ、だって私デリケートなんですよお。ここ布団がなんか獣くさいですし、カサカサ音がするし」
「しかたないですねえ」
私は腕の中に入ってあげる。
「うわ末端冷え性冷たいにゃ、出るにゃ」
「いやーっ 出ないでミルシェットさん!」
私はこの時思っていた――この平和な日常が、ずっと続くと。




