その5
女が吊るされている。
吊るされている女を別の女が見ている。
その女は吊るされた女を見るなり口元を歪める。
「さぁ、来なさい。…[魔法使い]。」
吊るされた女はたちまちただの肉塊に変わった。
屋敷の玄関を出た才人は、強い太陽の光に目をしかめる。
時刻は午後2時。
特に日が強い時間帯は、才人は思うように異能戦を行うことが出来ない。
なぜなら、才人の唯一の弱点は、模範解答による時間が停止した世界を動く事が出来る[光]なのだ。
なので、出来れば室内で戦いたいな、と才人は思っている。
才人は西方師団のマジシャンが潜伏しているという、市内のホテルに向かう。
恐らく複数で潜伏していると思われる敵マジシャンを、模範解答の力で一網打尽にしたいところである。
そもそも射程距離的には単体の敵を相手にした方が有利だが、射程内に入ったら最後、どんな魔法使いでも生き残ることは出来ない。
白龍清明を除いては…
道中、自慢の運動神経の悪さで、何もないところで転びかけながらも、才人はホテルに到着した。
敵に顔が割れてしまっている才人はいつどこから攻撃を受けるか分からない。
その為、外出する時は模範解答を肌から数ミリまでの範囲で発動させておき、いかなる攻撃も無効化出来るようにしてある。
どんな相手にも勝つ事が出来る、そんな自信が才人にはあった。
しかし、問題は人質を取られた場合である。
才人のマジックの正体を西方師団は知っている。
なので人質を取って、10メートルまでの範囲に近づかないようにすれば、こちらは手を出しにくく、苦戦を強いられる可能性もある。
才人は正義の為に戦っているつもりなので、無駄な流血は避けたいと考えている。
そもそもマジシャンですら無い一般人にまで被害が及ぶことなど以ての外である。
犠牲無くして勝利を掴みたい。
そんなことに思考を走らせながら、才人はホテルの中に入る。
ホテルのロビーはいかにも普通のもので、敵の存在は感じられない。
人も多く存在しており、良くも悪くも戦闘が行い辛い場所だ。
敵もこんなに目撃の可能性がある場所で異能戦は避けるだろう。
才人が少し油断をしたその時だった。
ロビー内の空間に突如小さな光が生じる。
ドシュ
なんの前触れも無く、才人に向けて弾丸状のものが発射される。
才人のこめかみに、直撃するかしないかのところで、弾丸状のものは模範解答の能力により、粉末上に変化する。
才人の頬に冷汗が流れる。
突然の奇襲に対し、才人は笑いながら呟く。
「こんな人混みの中の、攻撃してくるなんて、中々興がのるマジシャンだな。しかし残念。君の攻撃手段の弾丸のようなものは形状を粉末に変更させてもらった。僕の模範解答の世界の中では、僕が自由に破壊と創造、結果を起こせる。起こせるのは僕だけだ。勘違いするな。分からせてやる。」
一瞬は戦慄したものの、やはり強者の余裕でいつもの調子を取り戻す。
才人は模範解答の範囲を最大限まで拡大する。
半径10メートルの球体の中の時間が停止する。
その範囲内にいる物体は全て運動を停止した。
ホテルのロビー内全域に及ぶ才人の世界は、続けて才人に向けて発射したと思われる二発目の弾丸を静止させていた。
「これが俺を奇襲しようとした、敵マジシャンの攻撃手段か。この弾丸のようなものを空間から発射する能力と見ていいだろう。…問題は、誰がマジックを使っているかだ。
「模範解答の範囲内にはいない。…流石に距離はとっているか。」
ここは人が多すぎる。
いくら時を止めても、一人一人を確認していくのは面倒くさい。
しかし、恐らくこの程度のマジックには負ける要素が無い。
今回の仕事は出来るだけ早急にに終わらせるべきだろう。
なので、才人は位置を移動することにした。
ここには敵マジシャンはいない。
どこか離れた場所、しかしこの建物内の可能性が高い。
こちらに向けて発射された弾丸は、模範解答により粉末状に変更してその場に落下させる。
「屋上に行こう。」
才人は直感的にそう思う。
屋上はヘリポートがあるだけで関係者以外は立ち入れない。
真っ当なマジック戦を行うなら、敵もそこを選ぶはずだ。
このホテルの屋上はロビーから30階のところにある。
残念なことに、才人の最強のマジックをもってしても階段を疲れず上るすべはない。
仕方なく歩いて才人は階段を上るが、運動神経の悪い才人は心臓に生まれて初めてのレベルの負担をかけて行くしかない。
汗水を流しながらも、半分の高さまで登る。
今更エレベーターの存在を思い出したが、プライドの塊である才人にはそんな楽な方法を選ぶ訳にはいかない。
あと一階を登ればいいというところで才人は一旦休憩を入れる。
たまたまそこにあった自販機で飲み物を買い、ベンチに座って休む。
一つ懸念があるとすれば、あの空間から弾丸を射出するマジック。
何か他の、才人には見せていない上の段階があるのでは無いかと思う。
これから始まるマジシャン戦に手ごたえを感じることが出来るといいと、才人は思う。
しかしもう、罠は仕掛けられていた。




